「西武7000系」と聞いて、黄色い帯の電車を思い浮かべた方も多いのではないでしょうか。
しかし、実は西武鉄道に「7000系」という形式の車両は存在しません。多くの方がイメージしているのは、かつて西武池袋線や西武有楽町線に乗り入れていた東京メトロ有楽町線・副都心線の「7000系」という車両です。この車両は、鮮やかなゴールド(黄色)の帯をまとっていたことから、西武線の沿線でも非常に馴染み深い存在でした。
この記事では、なぜ「西武7000系」と記憶されているのか、その正体である東京メトロ7000系とは一体どんな車両だったのか、その誕生から引退までの歴史、そして西武線での活躍ぶりを詳しく、そしてやさしく解説していきます。長年にわたり、私たちの日常を支えてくれた黄色い帯の電車の魅力に、改めて触れてみましょう。
西武7000系は実在しない?その正体は「東京メトロ7000系」
多くの方が「西武7000系」として思い浮かべる車両。その正体と、なぜそう記憶されているのかを紐解いていきましょう。答えは、西武線と東京メトロの深い関係の中にありました。
西武鉄道の車両形式に「7000系」は存在しない
まず、事実として西武鉄道がこれまでに製造・保有した車両の中に「7000系」という形式は存在しません。西武鉄道の車両形式は、101系、2000系、3000系、4000系、6000系、9000系、そして新しいものでは20000系、30000系(スマイルトレイン)、4000系(S-TRAIN)といったように、時代を彩った数々の名車両がありますが、7000番台の形式は特急車両にも通勤車両にも採用されていません。
それにもかかわらず「西武7000系」というキーワードで検索される方が多いのは、それだけ多くの人々の記憶に「西武線で見た黄色い帯の車両」が強く印象に残っているからに他なりません。その車両こそが、西武線に乗り入れていた東京メトロの7000系なのです。
「西武の黄色い電車」との混同が理由?
では、なぜ東京メトロの車両が「西武の電車」として記憶されたのでしょうか。これには大きく二つの理由が考えられます。
一つ目は、西武線と東京メトロ有楽町線・副都心線の相互直通運転です。西武池袋線は小竹向原駅を経由して東京メトロの路線と繋がっており、日常的にメトロの車両が西武線内を走行しています。飯能駅など、かなり奥の駅まで乗り入れていたため、西武線沿線に住む方々にとっては、自社の車両と同じくらいメトロの7000系を見る機会が多かったのです。
二つ目の理由は、その「色」です。西武鉄道の通勤車両といえば、伝統的に黄色いボディカラー(ライオンズイエロー)がおなじみです。一方、東京メトロ7000系がまとっていたのは有楽町線のラインカラーであるゴールド(黄色)の帯でした。毎日西武線を利用する人にとって「黄色い電車」は「西武の電車」というイメージが強く、メトロ7000系の黄色い帯を見て、無意識に「西武の車両」として記憶してしまったとしても不思議ではありません。
東京メトロ7000系とはどんな車両?
「西武7000系」の正体である東京メトロ7000系は、1974年(昭和49年)に有楽町線の開業に合わせて登場した車両です。 当時の帝都高速度交通営団(営団地下鉄)が、千代田線用の6000系をベースに設計しました。そのため、前面が「く」の字に折れた非対称のデザインや、アルミ製の軽量な車体など、6000系とよく似た外観を持っています。
【東京メトロ7000系の基本情報】
- 製造年: 1974年~1989年
- 製造両数: 340両(10両編成×34本)
- 所属路線: 有楽町線、副都心線
- 車体材質: アルミ合金製
- 制御方式: AVFチョッパ制御 → VVVFインバータ制御(更新車)
約48年もの長きにわたり、首都圏の地下を走り続けた非常に長寿命な車両でした。有楽町線だけでなく、2008年に開業した副都心線にも対応するための大規模な改造が行われ、東武東上線、西武池袋線、さらには東急東横線、みなとみらい線まで、非常に広範囲で活躍しました。
東京メトロ7000系の特徴とデザイン

多くの人々に親しまれた東京メトロ7000系。その外観や性能には、時代を先取りした技術や、利用者にやさしい工夫が詰まっていました。ここでは、その代表的な特徴をいくつかご紹介します。
有楽町線の象徴「ゴールドの帯」
7000系を最も特徴づけているのが、車体に巻かれたゴールド(金色)の帯です。これは、東京メトロ有楽町線のラインカラーであり、沿線の洗練されたイメージを表現しています。一般的には「黄色い帯」として親しまれていました。
2008年(平成20年)に副都心線が開業すると、7000系は副都心線でも運用されることになりました。これに伴い、副都心線に対応した車両は、従来のゴールドの帯の下に副都心線のラインカラーであるブラウン(茶色)の細い帯が追加され、2色の帯をまとう姿になりました。これにより、一目で有楽町線と副都心線の両方で活躍する車両であることがわかるようになりました。黄色い帯だけの姿は、営団地下鉄時代からの長い歴史を知るファンにとっては、特に懐かしい姿として記憶されています。
個性的だった「チョッパ制御」の走行音
デビュー当初の7000系は、「AVFチョッパ制御(自動可変界磁チョッパ制御)」という、当時としては先進的なモーター制御方式を採用していました。これは、千代田線の6000系で採用された電機子チョッパ制御をさらに進化させたもので、よりスムーズな加速と省エネ性能を実現するものでした。
このチョッパ制御の車両は、発車時に「ブーン」という独特のうなり音を立てるのが特徴でした。鉄道ファンからは「チョッパサウンド」として親しまれ、この音を聞くと7000系を思い出す人も少なくありません。
後に、副都心線対応工事などの大規模な更新工事に合わせて、より効率の良い「VVVFインバータ制御」へと改造されていきました。この改造により、走行音は現代的な静かなものに変わりましたが、更新時期によって複数のバリエーションが存在し、それもまたファンにとっては興味深い点でした。
時代と共に変化したバリエーション
7000系は1974年から1989年にかけて、長期間にわたって製造されたため、製造時期によって細かな違いがありました。
また、路線の延伸に合わせて編成の組み替えも行われました。最初は5両編成で登場しましたが、1983年の営団成増(現:地下鉄成増)延伸に合わせて10両編成化されています。さらに、副都心線開業時には、一部の編成が10両から8両へと短縮されるなど、時代のニーズに合わせて柔軟に姿を変えてきた車両でもあります。
西武線での活躍の歴史
東京メトロの車両でありながら、西武線沿線でも深く愛された7000系。その背景には、相互直通運転という都市鉄道ならではの仕組みがありました。ここでは、7000系が西武線を走るようになった経緯と、その活躍の軌跡を振り返ります。
相互直通運転の開始
西武線と営団地下鉄(当時)の相互直通運転計画は、1968年には覚書が交わされるなど、古くから構想されていました。そして、1983年10月1日に西武有楽町線(小竹向原~新桜台)が開業したことで、ついに営団の車両が西武線内に乗り入れることになります。この時から、7000系が西武線内を走り始めました。
当初、西武有楽町線は他の西武線とは接続されておらず、独立した路線のようでした。しかし、1994年12月に新桜台~練馬間が暫定開業し、練馬駅で西武池袋線と線路がつながりました。そして、1998年3月26日の複線化と同時に、西武池袋線と営団有楽町線の本格的な相互直通運転が開始され、7000系は飯能方面へと乗り入れを開始。西武線沿線から都心へ、乗り換えなしでアクセスできる利便性の高いルートが誕生しました。
西武池袋線・有楽町線での運用
直通運転が始まると、7000系は西武線内でも快速や準急といった優等列車としても活躍しました。西武鉄道の車両に混じって、黄色い帯のメトロ車両が走る光景は、すっかり日常の一部となりました。特に、練馬駅や石神井公園駅、ひばりヶ丘駅など、池袋線の主要駅では頻繁にその姿を見ることができました。
2008年6月14日に副都心線が開業すると、直通運転のネットワークはさらに拡大。7000系は副都心線を経由して東急東横線・みなとみらい線まで足を延ばすようになり、埼玉県の飯能・所沢エリアから神奈川県の横浜・元町・中華街までが一本のレールで結ばれました。この広大なネットワークの中で、7000系は非常に重要な役割を担い続けたのです。
ファンに愛された思い出
長年にわたり西武線を走り続けたことで、7000系は多くの鉄道ファンや沿線住民にとって特別な存在となりました。西武線の黄色い電車とは少し違う、メタリックなアルミ車体に映えるゴールドの帯は、独特の魅力を放っていました。
特に、雪景色の中を走る姿や、桜並木の横を駆け抜ける姿など、四季折々の風景と共に7000系を撮影したファンは数多くいます。また、独特のチョッパサウンドを録音する「音鉄」ファンにとっても、魅力的な車両でした。引退が近づくにつれて、その姿を記録しようと多くの人々がカメラを構えたことは、7000系がいかに愛されていたかの証明と言えるでしょう。西武線内を走る「黄色い帯の地下鉄車両」は、人々の心に深く刻まれています。
惜しまれつつ引退、そして第二の人生へ
約半世紀にわたって首都圏の足として活躍してきた7000系にも、ついに別れの時が訪れます。後継車両の登場から引退までの流れ、そして日本を離れた後の意外なセカンドライフについて見ていきましょう。
後継車両17000系の登場と引退
2008年の副都心線開業に合わせて、新型車両である東京メトロ10000系が導入されると、初期に製造された7000系の一部は廃車となりました。しかし、多くの車両は大規模な改造を受けて副都心線に対応し、その後も主力車両として活躍を続けました。
そして2021年、有楽町線・副都心線のさらなるサービス向上を目指し、新型車両「17000系」がデビューします。この17000系の増備に伴い、7000系の置き換えが本格的に始まりました。そして2022年4月、特に大々的な引退セレモニーなどは行われず、最後の編成が静かに運用を離脱。これにより、1974年の登場から約48年間にわたる長い歴史に、ついに幕を下ろしました。
インドネシアへの譲渡と現地での活躍
日本での役目を終えた7000系ですが、その物語はまだ終わりませんでした。副都心線対応の改造が行われなかった車両の一部は、インドネシアの首都ジャカルタ首都圏の通勤鉄道「KRLコミューターライン」へ譲渡されたのです。
現地では、日本の鉄道車両が非常に高く評価されており、7000系もまた、その頑丈さや信頼性から重宝されました。車体の色は現地の鉄道会社のカラーリングに塗り替えられましたが、車内の雰囲気や特徴的な窓の形は日本の頃の面影を色濃く残していました。言葉も文化も違う異国の地で、ジャカルタの通勤・通学ラッシュを支える頼もしい存在として、第二の人生を送りました。
ジャカルタでも引退、ついに全車両が姿を消す
インドネシアで活躍を続けていた7000系も、現地の新型車両導入の波には抗えず、徐々にその数を減らしていきました。そして、2025年11月には、最後まで残っていた編成の引退イベントが開催され、現地ファンに惜しまれながらその長い活躍に終止符を打ちました。
これにより、日本国内はもちろん、海外譲渡された車両も含めて、東京メトロ7000系はそのすべての営業運転を終了しました。しかし、西武線を駆け抜けた黄色い帯の電車の記憶は、これからも多くの人々の心の中に走り続けることでしょう。
まとめ:西武線ファンにも愛された「西武7000系」の記憶

この記事では、「西武7000系」というキーワードを軸に、その正体である東京メトロ7000系について解説しました。
【この記事のポイント】
- 西武鉄道に「7000系」という車両は存在しない。
- 多くの人がイメージするのは、西武線に乗り入れていた東京メトロ7000系。
- 有楽町線のラインカラーである黄色い帯が、西武線のイメージと重なり記憶された。
- 1974年に登場し、有楽町線・副都心線を中心に、西武池袋線など広範囲で約48年間活躍した。
- 2022年に日本で引退後、一部はインドネシアで第二の人生を送ったが、そちらでも全車引退となった。
たとえ西武鉄道の正式な車両ではなかったとしても、東京メトロ7000系が西武線沿線の風景の一部として、多くの人々の日常に溶け込み、愛されていたことは紛れもない事実です。今となってはもうその姿を見ることはできませんが、アルミの車体に黄色い帯を輝かせ、時には個性的なモーター音を響かせながら走っていたあの車両の記憶は、これからも鉄道史の1ページとして、そして私たちの思い出として残り続けます。



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