毎日何気なく利用している電車。ガタンゴトンと音を立てながら、驚くほどスムーズにカーブを曲がっていきますよね。自動車のようにハンドルがあるわけでもないのに、なぜ電車はレールから外れずに走れるのでしょうか?
その秘密は、私たちが普段あまり意識することのない「車輪」に隠されています。実は、電車の車輪には、安全かつ快適な走行を実現するための、驚くべき仕組みがいくつも詰まっているのです。
この記事では、そんな奥深い電車の車輪の仕組みについて、基本的な構造からカーブを曲がる原理、さらには安全を支えるメンテナンスまで、やさしくわかりやすく解説していきます。この記事を読めば、次から電車に乗るのがもっと楽しくなるかもしれません。
電車の車輪の仕組みの基本!なぜスムーズに走れるの?
電車の安定した走行を支える車輪。一見するとただの鉄の輪に見えるかもしれませんが、そこには緻密な計算と工夫が凝らされています。ここでは、電車の車輪が持つ基本的な構造と、それぞれが果たす役割について見ていきましょう。自動車のタイヤとは全く異なる、鉄道車両ならではのユニークな特徴が隠されています。
車輪の独特な形「踏面勾配」とは?
電車の車輪の最も重要な特徴の一つが、レールと接する面である「踏面(とうめん)」に付けられたわずかな傾斜です。 この傾斜は「踏面勾配」と呼ばれ、車輪の内側(フランジ側)の直径が大きく、外側の直径が小さくなるような円錐形をしています。
なぜこのような勾配がついているのでしょうか?実は、この勾配こそが、電車がカーブをスムーズに曲がるための最大の秘密なのです。 カーブに差し掛かると、遠心力で車両はカーブの外側に押しやられます。すると、外側の車輪は直径の大きい部分がレールに乗り、内側の車輪は直径の小さい部分がレールに接することになります。
これにより、同じ回転数でも外側の車輪の方が内側の車輪よりも長い距離を進むことができ、カーブの外側と内側のレールの長さの違いを自然に吸収できるのです。 この巧妙な仕組みがあるおかげで、電車はハンドル操作なしに、レールに沿って自ら舵を取るように曲がっていくことができます。 この働きは「自己操舵機能」と呼ばれています。
踏面勾配のポイント
- レールと接する面に付けられた傾斜のこと。
- 車輪の内側ほど直径が大きく、外側ほど小さい円錐形になっている。
- カーブを曲がる際の「自己操舵機能」を生み出す重要な要素。
レールをしっかり掴む「フランジ」の役割
電車の車輪をよく見ると、内側に帽子のつばのような出っ張りがあるのがわかります。 これが「フランジ」と呼ばれる部分です。 フランジの主な役割は、車輪がレールから外れる(脱線する)のを防ぐことです。
特に、急なカーブや分岐器(ポイント)を通過する際には、このフランジがレールの内側に引っかかることで、車両を安全な走行路へと導きます。 いわば、脱線を防ぐための最後の砦のような存在です。踏面勾配による自己操舵機能がスムーズなカーブ走行の主役だとすれば、フランジは万が一の事態に備える重要なバックアップ機能を果たしていると言えるでしょう。
フランジの高さは、在来線で約27mm、高速で走る新幹線では約30mmと定められています。 このわずかな高さの突起が、何百トンもの重さになる車両をレールの上に留め、日々の安全運行を支えているのです。カーブを曲がる際に聞こえる「キーン」という金属音は、このフランジとレールがこすれることで発生することがあります。
ちなみに、フランジは必ずレールの内側に来るように取り付けられています。もし外側にあると、カーブで車体が傾いた際に車輪が浮き上がりやすくなり、脱線の危険性が高まってしまうためです。
左右の車輪が一体な「輪軸」の構造
自動車の場合、左右のタイヤはそれぞれ独立して回転数を変えることができます。カーブを曲がる際には、「ディファレンシャルギア(差動装置)」という仕組みが、内側と外側のタイヤの回転差を吸収しています。
一方、鉄道車両では、左右2つの車輪と1本の車軸ががっちりと固定され、一体の部品として組み立てられています。 この一体となった部品を「輪軸(りんじく)」と呼びます。 これにより、左右の車輪は常に同じ速度で回転することになります。
「左右の回転数が同じで、どうしてカーブが曲がれるの?」と疑問に思うかもしれません。その答えが、先ほど説明した「踏面勾配」です。踏面勾配のおかげで、輪軸が左右にずれると、レールに接する部分の直径が変わり、結果的に左右の車輪が進む距離を調整できるのです。 このように、鉄道車両は自動車とは全く異なるアプローチで、カーブ走行の問題を解決しています。輪軸というシンプルながらも強固な構造は、大重量の車両を支え、高速で安定して走行するために不可欠なものなのです。
なぜ脱線しない?カーブを曲がる驚きのメカニズム

電車の最大の謎ともいえる「カーブ走行」。ハンドルがないのに、なぜレールに沿ってきれいに曲がれるのでしょうか。その背景には、車輪の形状やレールの工夫が一体となって生み出す、物理法則に基づいた巧妙なメカニズムが存在します。ここでは、電車が脱線せずにカーブを曲がるための驚きの仕組みを詳しく解き明かしていきます。
自己操舵機能の秘密は「差動」にあり
前述の通り、電車がカーブを曲がれる中心的な役割を担っているのが、車輪の踏面勾配が生み出す「自己操舵機能」です。 これは、輪軸が特別な制御なしに、自ら進むべき方向を見つけてレールに沿って曲がっていく能力のことを指します。
カーブに進入すると、車両は遠心力によって外側のレールへと押し付けられます。このとき、輪軸全体がカーブの外側へわずかに移動します。すると、外側の車輪は踏面の直径が大きい部分がレールに接し、内側の車輪は直径が小さい部分がレールに接することになります。
これは、まるで大きさの違う車輪が左右で同時に回転しているのと同じ状況を生み出します。左右の車輪は一本の車軸で繋がれているため回転数は同じですが、レールと接する部分の直径(円周の長さ)に差が生まれることで、外側の車輪は内側の車輪よりも長い距離を進むことができます。 この「差」が、自動車における差動装置(ディファレンシャルギア)と同じような働きをし、スムーズなカーブ走行を可能にするのです。 この一連の動きが自動的に行われるため、「自己操舵」と呼ばれています。
外側と内側の走行距離の差をどう乗り越える?
カーブの内側のレールと外側のレールでは、当然ながら外側のレールの方が長くなります。 この距離の差を、左右一体で回転する輪軸がどのようにして乗り越えているのか、もう少し詳しく見てみましょう。
ここで活躍するのが、やはり踏面勾配です。紙コップを横にして転がすと、直径の小さい底側に向かってカーブしていくのを想像してみてください。 電車の車輪もこれと全く同じ原理です。
カーブで輪軸が外側にずれると、外側の車輪は実質的に「大きな紙コップの飲み口側」でレールに接し、内側の車輪は「小さな底側」で接する状態になります。 その結果、輪軸全体が自然とカーブの内側を向くように転がっていきます。つまり、車輪の形状そのものが、内外の走行距離の差を吸収し、自然な旋回運動を生み出す設計になっているのです。 フランジはあくまで脱線防止のガイド役であり、基本的にはこの踏面勾配による自己操舵機能によって、電車は滑らかにカーブを曲がっているのです。
| 電車の車輪 | 自動車のタイヤ | |
|---|---|---|
| カーブを曲がる仕組み | 踏面勾配による自己操舵機能(車輪の直径差を利用) | ハンドル操作と差動装置(デフギア)による左右の回転差 |
| 左右の車輪の関係 | 車軸で固定され一体で回転(輪軸) | 独立して回転可能 |
| 舵取り | 不要(自動的にレールに沿う) | ハンドルによる操作が必要 |
カント(傾斜)がカーブ走行を助ける
車輪の仕組みに加えて、レール側にもカーブ走行を助ける工夫が施されています。それが「カント」です。カントとは、カーブ区間のレールにおいて、外側のレールを内側のレールよりも高くすることを指します。
電車がカーブを通過する際には、乗客が外側に押し付けられるような「遠心力」が働きます。カントを設けることで、車両全体がカーブの内側へと傾き、遠心力を重力で打ち消す効果が生まれます。これにより、乗り心地が向上するだけでなく、車輪が外側のレールに強く押し付けられるのを和らげ、車輪やレールへの負担を軽減し、よりスムーズで安全な走行が可能になります。
また、車体が内側に傾くことで、輪軸が自然にカーブの外側へ移動しやすくなり、踏面勾配による自己操舵機能がより効果的に働くのを助ける役割も果たしています。カントの量は、そのカーブの半径(曲がり具合)や、列車が通過する速度(設定速度)によって精密に計算されています。車窓から線路を眺める機会があれば、カーブでレールが傾いている様子をぜひ確認してみてください。
カーブ走行を支える3つの要素
- 踏面勾配:車輪の直径差を生み出し、自己操舵機能の源となる。
- フランジ:万が一の脱線を防ぐ最終的な安全装置。
- カント:レールの傾斜で遠心力を相殺し、乗り心地と安全性を高める。
車輪とレールが織りなす科学
電車の走行は、車輪の仕組みだけで成り立っているわけではありません。鉄の車輪と鉄のレールが接するわずかな点で、実は様々な物理現象が起きています。ここでは、電車の加速・減速を支える摩擦力から、高速化の課題となる振動現象まで、車輪とレールが織りなす科学の世界を少し深く掘り下げてみましょう。
摩擦を味方につける「粘着現象」
鉄と鉄の組み合わせは、ゴムタイヤとアスファルトに比べて摩擦係数が小さく、滑りやすいという短所があります。 しかし、電車はこの小さな摩擦力を巧みに利用して、加速や減速を行っています。この、車輪とレールの間の摩擦力を利用して駆動力を伝える現象を「粘着」と呼びます。
モーターが生み出した回転力が車輪に伝わると、車輪はレールを後ろに蹴り出すようにして前進します。これが加速の原理です。逆にブレーキをかけるときは、車輪の回転を抑え、レールとの摩擦力で車両を停止させます。この「粘着」がなければ、車輪は空転(スリップ)したり、滑走(スキッド)したりするだけで、電車は前に進むことも止まることもできません。
雨や落ち葉などでレールが濡れていると、この粘着力が低下し、空転や滑走が起きやすくなります。 そのため、運転士はモーターの出力を細かく調整したり、車輪に砂を撒いて摩擦力を高める「増粘着装置(サンドスプレー)」を使用したりして、安全な運行を維持しています。鉄道は、この粘着という現象を最大限に活用することで、効率的な走行を実現しているのです。
高速走行の敵?「蛇行動」の原因と対策
カーブを曲がるために不可欠な踏面勾配ですが、一方で高速走行時には好ましくない現象を引き起こす原因にもなります。それが「蛇行動」です。 蛇行動とは、主に直線を高速で走行しているときに、輪軸が左右に蛇のようにくねくねと振動する現象のことです。
これは、輪軸がレールの片側に寄った際に、踏面勾配による復元力が働き、中心に戻ろうとするものの、勢い余って反対側にずれてしまい、また復元力が働く…という動きが繰り返されることで発生します。 この振動が一定の速度(蛇行動限界速度)を超えると、乗り心地が著しく悪化するだけでなく、最悪の場合は脱線につながる危険性もあります。
この蛇行動を抑えるために、様々な対策が取られています。例えば、車輪の踏面勾配を緩やかにしたり(新幹線は1/40、在来線は1/20が標準)、輪軸の動きを制御する「軸箱支持装置」の剛性を最適化したりします。 さらに効果的な対策として、台車に取り付けられる「ヨーダンパ」があります。これは、台車の左右の揺れ(ヨーイング)を油圧などの力で減衰させる装置で、蛇行動を強力に抑制し、高速走行時の安定性を大幅に向上させることができます。 新幹線をはじめとする高速鉄道の安全は、こうした蛇行動対策技術によって支えられているのです。
レールの継ぎ目を越える仕組み
電車に乗っていると聞こえる「ガタンゴトン」というリズミカルな音。 これは、車輪がレールの継ぎ目を通過する際に発生する音です。鉄道のレールは鉄でできているため、夏の暑さで伸び、冬の寒さで縮むという性質があります。 この伸縮を吸収するため、従来の線路ではレールとレールの間にわずかな隙間(遊間)が設けられていました。
車輪はこの小さな隙間を乗り越える際に、一瞬だけレールから離れ、再び着地します。このときの衝撃が、あの独特の走行音を生み出しているのです。車輪は非常に頑丈に作られており、この程度の衝撃には十分に耐えられる設計になっています。
しかし、この継ぎ目は騒音や振動の原因となり、乗り心地を損なうだけでなく、車輪やレールにダメージを与える要因にもなります。そのため、近年では「ロングレール」の導入が進んでいます。 ロングレールは、短いレールを何本も溶接でつなぎ合わせ、数キロメートルにも及ぶ一本のレールにしたものです。これにより継ぎ目が大幅に減り、「ガタンゴトン」という音も少なく、静かで快適な乗り心地が実現されています。
電車の安全を支える車輪のメンテナンス

毎日、多くの乗客を乗せて長距離を走り続ける電車の車輪は、少しずつ摩耗し、形が変わっていきます。そのまま放置すれば、乗り心地の悪化や騒音の発生、さらには安全な走行に支障をきたす恐れもあります。そのため、定期的なメンテナンスが欠かせません。ここでは、電車の足元を支える車輪のメンテナンスについてご紹介します。
車輪の摩耗とその影響
鉄のレールの上を鉄の車輪が転がるのですから、走行距離が延びるにつれて、車輪の踏面やフランジは徐々にすり減っていきます。 特に、カーブでのレールとの摩擦や、ブレーキをかける際の制輪子(ブレーキシュー)との接触は、摩耗の大きな原因となります。
車輪が摩耗して形が崩れると、以下のような様々な問題が発生します。
- 乗り心地の悪化:踏面が平らでなくなると、振動が発生しやすくなります。
- 騒音の発生:異常な摩耗は、カーブなどで大きなきしみ音の原因となります。
- 安全性の低下:フランジが過度に摩耗すると、脱線の危険性が高まります。また、踏面勾配が変化すると、自己操舵機能が正常に働かなくなる恐れがあります。
こうした問題を防ぎ、常に車輪を最適な状態に保つために、鉄道会社では走行距離や期間に応じて厳密な検査基準を設け、定期的なメンテナンスを行っています。
定期的な「車輪削正」とは?
摩耗した車輪を新品同様の形状に戻す作業のことを「車輪削正(しゃりんさくせい)」といいます。 これは、車両基地にある「車輪旋盤(しゃりんせんばん)」という巨大な専用機械を使って行われます。
車輪削正では、車両から輪軸を取り外すことなく、そのままの状態で旋盤にセットします。 そして、輪軸をゆっくりと回転させながら、「バイト」と呼ばれる硬い刃物を押し当て、リンゴの皮をむくように車輪の表面を薄く削っていきます。 これにより、走行によって生じた傷や凹凸、摩耗した部分を取り除き、規定通りの正しい踏面勾配とフランジ形状に整えるのです。
新幹線の場合は、10分の1ミリという非常に高い精度で削正作業が行われます。 この精密な作業によって、車輪は再び滑らかな表面を取り戻し、新品同様の性能を発揮できるようになります。車輪削正は、乗り心地や安全性を維持するために欠かすことのできない、非常に重要なメンテナンス作業なのです。
新幹線の台車検査(車輪削正を含む)は、走行距離80万km以内ごとに行われます。80万kmとは、地球(1周約4万km)を20周するほどの距離に相当します。
最新の検査技術と日々の点検
車輪削正のような大掛かりなメンテナンスだけでなく、日々の安全を守るための地道な点検も欠かせません。電車の運行前には、ハンマーで車輪を叩いて音の響きで異常がないかを確認する「打音検査」や、目視による傷や亀裂のチェックなどが行われます。
さらに、より精密な検査として、人間の目では見えない内部の微細な傷を発見するために「超音波探傷検査」などの非破壊検査技術も用いられています。これは、超音波を車輪の内部に発信し、その反射波の様子から内部に欠陥がないかを調べる方法です。
こうした日々の細やかな点検から、定期的に行われる精密な検査、そして摩耗を修復する削正作業まで、多岐にわたるメンテナンス体制が、電車の安全運行を足元から力強く支えています。私たちが安心して電車を利用できるのは、こうした見えないところでの地道な努力の賜物なのです。
電車の車輪の仕組みを理解して、乗車をもっと楽しもう!

今回は、電車の車輪が持つ驚きの仕組みについて解説してきました。
一見シンプルな鉄の輪に、カーブをスムーズに曲がるための「踏面勾配」や、脱線を防ぐ「フランジ」、そして左右一体で力を伝える「輪軸」といった、安全走行のための知恵と工夫が凝縮されていることがお分かりいただけたかと思います。
また、それらの機能が最大限に発揮されるよう、レール側にも「カント」という工夫が施され、日々の安全は「車輪削正」などの地道なメンテナンスによって支えられています。
次に電車に乗るときは、ぜひ車輪とレールの関係に少しだけ思いを馳せてみてください。「ガタンゴトン」という音や、カーブでの車体の傾きが、これまでとは少し違って感じられるかもしれません。足元に隠された科学の秘密を知ることで、毎日の通勤や通学、そして鉄道の旅が、より一層興味深く、楽しいものになるはずです。



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