電車の屋根の上で、架線(かせん)と呼ばれる電線に触れている「パンタグラフ」。
昔は「ひし形」がおなじみでしたが、最近では「く」の字の形をしたシングルアームパンタグラフが主流になっています。「なぜ形が変わったの?」「どんなメリットがあるの?」と疑問に思ったことはありませんか?
この記事では、そんなシングルアームパンタグラフの役割や仕組み、従来のひし形パンタグラフとの違いなどを、わかりやすく解説していきます。
知れば知るほど、いつもの電車を見るのがもっと楽しくなるはずです。
パンタグラフとシングルアームの基本を知ろう
まずは、そもそもパンタグラフがどのような役割を持っているのか、そしてシングルアームパンタグラフがどんなものなのか、基本的な部分から見ていきましょう。
電車の屋根にある「パンタグラフ」の役割とは?
パンタグラフは、線路の上に張られた電線(架線)から電気を取り込んで、電車を動かすためのエネルギーを供給する、非常に重要な装置です。 このような装置を総称して「集電装置(しゅうでんそうち)」と呼びます。
パンタグラフは、単に電気を取り込むだけではありません。電車は高速で走行し、架線の高さも常に一定ではないため、そうした変化に柔軟に対応し、安定して電気を取り込み続ける必要があります。
そのために、バネの力などを利用して常に架線に追随し、適切な圧力で接触し続ける仕組みになっています。 架線と接触する部分には「すり板」という部品が取り付けられており、これが摩耗することで架線本体が削れてしまうのを防いでいます。 すり板には、潤滑油の役割も果たすカーボン(炭素)などが使われています。
「シングルアームパンタグラフ」ってどんな形?
シングルアームパンタグラフは、その名の通り1本(シングル)のアーム(腕)が「く」の字に折れ曲がる構造になっているのが最大の特徴です。 1990年代ごろから普及し始め、現在製造されるほとんどの新型車両で採用されており、今やパンタグラフの主流となっています。
実はシングルアームパンタグラフ自体は1950年代にフランスで生まれました。 日本で急激に普及したのは、このフランスのメーカーが持っていた特許が切れた1990年代以降のことです。
従来のひし形パンタグラフが複数の細い棒を組み合わせて構成されていたのに対し、シングルアームパンタグラフはよりシンプルな構造をしています。 このシンプルな構造が、後述するさまざまなメリットを生み出しているのです。古い車両でも、従来のひし形パンタグラフからシングルアームパンタグラフに交換される例も全国で多く見られます。
なぜ「く」の字に曲がっているの?
シングルアームパンタグラフが「く」の字に曲がっているのは、その構造と動作原理に理由があります。パンタグラフは、バネの力で常に上向きに押し上げられ、架線に接触しようとします。 シングルアームパンタグラフは、この「く」の字の関節部分(ヒンジ)を支点にしてアームが伸び縮みすることで、架線の高さの変化にスムーズに対応(追随)できるようになっています。
電車が走っていないときや、電気を必要としないときは、パンタグラフを折りたたんでおく必要があります。その際、一般的には空気の力を使ってアームを下に引き下げ、台枠部分にあるフックで固定します。 この一連の上下動作を確実に行うために、「く」の字の関節構造が効率的なのです。
このシンプルな動きのおかげで、高速走行中でも架線から離れにくく、安定した集電が可能になります。
シングルアームパンタグラフが主流になった理由

では、なぜシングルアームパンタグラフは、かつての主流だった「ひし形」に取って代わったのでしょうか。その理由を、メリットやデメリット、そして雪国での強さといった観点から探っていきます。
従来の「ひし形パンタグラフ」との違い
かつてパンタグラフの代名詞だったのが「ひし形パンタグラフ」です。 その名の通り、横から見ると菱形に見える構造で、古くから多くの電車で採用されてきました。 頑丈で壊れにくいというメリットがありましたが、シングルアームパンタグラフの登場により、現在では新規に採用されることはほとんどなくなりました。
シングルアームパンタグラフとひし形パンタグラフの主な違いを以下の表にまとめました。
| シングルアームパンタグラフ | ひし形パンタグラフ | |
|---|---|---|
| 見た目 | 「く」の字形 | ひし形 |
| 構造 | アームが1本でシンプル | 複数の枠組みを組み合わせ複雑 |
| 部品点数 | 少ない | 多い |
| 重量 | 軽い | 重い |
| コスト | 安い | 高い |
| メンテナンス性 | 容易 | 手間がかかる |
| 高速走行時の性能 | 架線への追随性が高く、騒音が少ない | 追随性が劣り、風切り音などの騒音が発生しやすい |
軽量でコンパクト!シングルアームのメリット
シングルアームパンタグラフが主流となった最大の理由は、その多くのメリットにあります。
1. コスト削減とメンテナンス性の向上
ひし形に比べて構造がシンプルなため、部品点数が少なく、製造コストを抑えることができます。 また、部品が少ないということは、点検や修理が必要な箇所も減るため、メンテナンスが容易になり、維持費用も削減できるという利点があります。
2. 車両の軽量化と省エネ
部品点数が少ない分、パンタグラフ自体の重量も軽くなります。 車両が軽くなると、走行に必要なエネルギーが減り、省エネにつながります。 それだけでなく、レールにかかる負担も軽減されるため、線路のメンテナンス費用の抑制にも貢献します。
3. 高速性能の向上と騒音低減
シングルアームパンタグラフは構造上、高速走行時に架線の高さの変化へ俊敏に追随できます。 また、空気に触れる面積が少ないため、ひし形パンタグラフで問題となりがちだった風切り音などの騒音を大幅に低減できるという大きなメリットがあります。 この特性は、特に高速で走る新幹線などで重要視されています。
実はデメリットも?知っておきたい注意点
多くのメリットを持つシングルアームパンタグラフですが、全く欠点がないわけではありません。ひし形パンタグラフは構造的に頑丈で壊れにくいという特徴がありましたが、それに比べるとシングルアームパンタグラフは構造が華奢で、外部からの衝撃などに弱い側面があるとされています。
しかし、これはあくまで構造上の比較であり、現在の製品は技術開発によって十分な強度が確保されています。
また、上昇させる力がひし形に比べて弱い場合があるという指摘もありますが、これも設計やバネの強さなどで調整されており、通常の使用において問題となることはほとんどありません。
鉄道会社はこれらの特性を十分に理解した上で、日々の点検やメンテナンスを行い、安全な運行を支えています。
雪国でも大活躍!着雪しにくい構造
シングルアームパンタグラフのメリットは、雪国でも発揮されます。構造がシンプルなため表面積が少なく、雪が付着しにくい(着雪しにくい)という特徴があります。
ひし形パンタグラフは複雑な構造のため、雪が積もりやすく、その重みでパンタグラフが正常に上がらなくなったり、動作不良を起こしたりして、電車の運休につながることがありました。
その点、シングルアームパンタグラフは着雪しにくく、たとえ雪が付着しても構造上、動作への影響が少ないため、雪による輸送障害のリスクを大幅に減らすことができます。 このため、降雪地帯を走る路線では特に重宝されています。
もっと知りたい!シングルアームパンタグラフの世界
一口にシングルアームパンタグラフと言っても、実は様々なバリエーションが存在します。ここでは、少しマニアックなシングルアームパンタグラフの世界をのぞいてみましょう。
様々な形状のシングルアームパンタグラフ
基本的な「く」の字型以外にも、鉄道会社や車両の特性に合わせて、細部が異なる様々なシングルアームパンタグラフが存在します。例えば、JR西日本の223系電車などで見られる「下枠短縮型シングルアームパンタグラフ」は、アームの一部を短くすることで、折りたたみ時の高さをさらに低く抑える工夫がされています。
また、JR東日本のE233系電車に搭載されているPS33D形のように、万が一の故障に備えて、通常は使用しない予備のパンタグラフを搭載している車両もあります。
これらの違いは、トンネルの高さ制限や、車両屋根上の機器配置スペースなど、様々な制約の中で最適な性能を発揮するために生み出されたものです。
新幹線を支える特殊なパンタグラフ
時速300kmを超える高速で走行する新幹線では、在来線とは比較にならないほど厳しい条件下で安定して集電し、かつ騒音を抑える必要があります。 そのため、新幹線のパンタグラフには特別な工夫が凝らされています。
現在のN700Sなどに搭載されているシングルアームパンタグラフは、風切り音を減らすためにアームの断面が翼のような形状になっていたり、架線と接触する「すり板」が複数に分割され、架線への追従性を高める「たわみ式すり板」が採用されたりしています。
さらに、パンタグラフの側面には大きな「遮音板(しゃおんばん)」が取り付けられ、発生する騒音を物理的に遮る工夫もされています。かつて世界最速を誇った500系新幹線では、フクロウの羽をヒントにしたと言われる独特な形状のパンタグラフが採用されていたこともありました。
進行方向によって向きは変わるの?
シングルアームパンタグラフをよく見ると、「く」の字の関節部分が進行方向に対して後ろ向きになるように設置されているのが一般的です。これは、走行中の空気抵抗を受け流し、パンタグラフが架線から離れてしまう「離線」を防ぐためです。
しかし、車両によっては進行方向に関わらず向きが固定されている場合や、編成内で向きが統一されていない場合もあります。 これは、パンタグラフを上げ下げするための装置の配置や、屋根上の他の機器との兼ね合いによって決まるためです。
例えば、近畿日本鉄道の特急「アーバンライナー」の一部車両では、ひし形からシングルアームに交換した際に、既存の装置を流用したため、進行方向と逆向き(関節が前向き)になっている姿が見られます。 このように、パンタグラフの向き一つにも様々な理由が隠されています。
パンタグラフのメンテナンスと未来

電車の安全運行に欠かせないパンタグラフは、どのように維持管理されているのでしょうか。また、これからどのような進化を遂げていくのでしょうか。
安全走行を支える日々の点検
パンタグラフは常に架線と接触し、高速で移動するため、摩耗や損傷のリスクが伴います。特に、架線と直接接触する「すり板」は消耗品であり、定期的な確認と交換が欠かせません。
そのため、鉄道会社の車両基地では、専門の作業員がパンタグラフの状態を目で見て確認する検査や、車両から取り外して分解・整備する精密な検査を定期的に行っています。
また、冬場には架線に付着した霜や雪が原因で、パンタグラフと架線の間で火花が散る「アーク放電」が発生し、すり板や架線を傷めることがあります。 こうしたトラブルを防ぐため、始発列車が走る前に、霜を取り除くための「霜取り列車」を走らせるなどの対策も行われています。
素材や形の進化は続く
鉄道技術の進化とともに、パンタグラフも常に改良が続けられています。さらなる高速化や騒音低減、環境負荷の軽減を目指し、素材や形状の研究開発が進んでいます。
すり板の素材には、より軽量で耐摩耗性に優れたカーボン複合材などが使用されるようになっています。アーム本体についても、空気抵抗を極限まで減らすための形状の最適化や、軽量で強度の高い新素材の活用が検討されています。
将来的には、AIやセンサー技術を活用し、パンタグラフの状態をリアルタイムで監視・診断するシステムが導入され、より安全で効率的なメンテナンスが可能になるかもしれません。
パンタグラフがない電車も登場?
これまで見てきたように、パンタグラフは電車にとって不可欠な装置ですが、近年ではパンタグラフを持たない電車も登場しています。
JR東日本の烏山線を走る「ACCUM(アキュム)」や、JR九州の「DENCHA(デンチャ)」といった車両は、大容量の蓄電池(バッテリー)を搭載しています。 これらの車両は、電化区間ではパンタグラフを上げて充電しながら走行し、架線のない非電化区間ではパンタグラフを下げてバッテリーの電力で走ることができます。
また、水素を燃料とする燃料電池で発電してモーターを回す「燃料電池車両」の開発も進められており、JR東日本の「HYBARI(ひばり)」などが試験走行を行っています。
これらの新しい技術は、架線などの地上設備が不要になるため、建設コストやメンテナンスコストを大幅に削減できる可能性を秘めており、地方路線の維持などへの活用が期待されています。
まとめ:シングルアームパンタグラフを知れば電車がもっと面白くなる

今回は、今や当たり前の存在となったシングルアームパンタグラフについて掘り下げてみました。
ひし形からシングルアームへと形が変わった背景には、コスト削減、軽量化、メンテナンス性の向上、そして高速化や騒音対策といった、鉄道技術の進歩と時代の要請がありました。 シンプルな「く」の字の形には、安全で快適な鉄道輸送を実現するための数多くの工夫が詰まっています。
普段何気なく目にしているパンタグラフですが、その役割や種類、進化の歴史を知ることで、これからの鉄道利用が少し違った視点で見えるようになるかもしれません。



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