毎日何気なく利用している電車が、なぜあんなにもパワフルでスムーズに動くのか、不思議に思ったことはありませんか?
その答えの大部分は、電車の心臓部ともいえる「モーター」に隠されています。電車は架線から取り込んだ電気を使い、モーターを回転させることで、あの巨体を動かしているのです。この記事では、「電車のモーターの仕組み」について、電気の力でなぜ動くのかという基本的な原理から、日々の技術革新で進化を続けるモーターの種類、さらには省エネに大きく貢献するブレーキの仕組みまで、図や表を交えながら、誰にでもわかるようにやさしく解説していきます。
この記事を読めば、次に電車に乗るのが少し楽しくなるかもしれません。
電車のモーターの基本的な仕組み
電車が動く力の源はモーターです。では、そのモーターはどのようにして動いているのでしょうか。ここでは、電気が力に変わる基本的な原理から、モーターの力が車輪に伝わるまでの流れを追いかけてみましょう。
モーターが動く心臓部!「フレミングの左手の法則」とは?
電車のモーターが回転する根本的な原理は、中学校の理科で習った「フレミングの左手の法則」で説明できます。 覚えていますか?
フレミングの左手の法則とは、磁界(磁石の力が働いている空間)の中で電流を流すと、力が発生するという電磁誘導の原理を示したものです。 左手の親指、人差し指、中指をそれぞれ直角に立てたとき、以下の関係が成り立ちます。
- 人差し指:磁界の向き(N極からS極へ)
- 中指:電流の向き
- 親指:力の向き
モーターの内部には、強力な磁石(界磁)とその間で回転するコイル(電機子)があります。
このコイルに電流を流すと、フレミングの左手の法則に従ってコイルの上下にそれぞれ逆向きの力が発生します。この力がコイルを回転させる力、つまり「トルク」となり、モーターが回り始めるのです。
さらに、モーターが効率よく回り続けるためには「整流子」と「ブラシ」という部品が重要な役割を果たします。コイルが半回転すると電流の向きを切り替え、常に同じ方向へ回転し続けるように制御しているのです。 このように、目に見えない電気と磁石の力が、電車を動かす巨大なパワーを生み出しています。
電気が力に変わるまで:パンタグラフからモーターへの道のり
電車が走るための電気は、線路の上空に張られた「架線」から供給されます。 その電気を電車に取り込むための装置が、屋根の上にある「パンタグラフ」です。
パンタグラフで取り込まれた電気は、車内の様々な装置を経由してモーターへと送られます。 電気の流れを簡単に示すと、以下のようになります。
架線 → パンタグラフ → 主回路(制御装置など) → モーター → 車輪 → レール → 変電所
面白いことに、電気の通り道は架線1本だけではありません。モーターを動かし終えた電気は、車輪を通じてレールに流れ、最終的に変電所へと戻っていきます。 つまり、レールも電気回路の重要な一部なのです。
パンタグラフは、バネの力で常に架線に押し付けられており、電車が走行中でも安定して電気を取り込めるようになっています。 また、架線の高さは一定ではないため、パンタグラフが伸び縮みすることで、常に架線と接触し続けることができるのです。 このようにして、絶え間なく供給される電気がモーターを動かし、電車を走らせています。
モーターの回転を車輪に伝える仕組み(駆動方式)
モーターが生み出した回転力は、そのままでは電車を動かすことはできません。その力を効率よく車輪に伝え、推進力に変えるための装置が「駆動装置」です。 駆動装置にはいくつかの方式がありますが、ここでは代表的なものを紹介します。
1. 吊り掛け駆動方式
古くから使われている古典的な方式です。 モーターの重さの約半分を車軸で、もう半分を台車枠で支える構造です。 構造がシンプルで頑丈なのが長所ですが、モーターの振動が直接車軸に伝わるため、乗り心地やレールの傷みの観点から、高速走行には向きません。 「ウォーン」という独特のうなり音が特徴で、今では路面電車や一部のローカル線、電気機関車などでしか見られなくなりました。
2. カルダン駆動方式
現在の電車で主流となっている方式です。 モーターを台車枠に固定し、「自在継手(ユニバーサルジョイント)」という部品を使ってモーターの回転を車輪に伝えます。 これにより、モーターの振動が直接車輪に伝わりにくくなり、乗り心地が大幅に向上し、高速走行が可能になりました。 カルダン駆動方式にも、モーターの配置方法によって「直角カルダン方式」や「中空軸平行カルダン方式」など、いくつかの種類があります。
このように、モーターの力をいかに効率よく、そして快適に車輪に伝えるかという点でも、鉄道技術は進化を続けているのです。
電車のモーターの種類と進化

電車のモーターは、その長い歴史の中で技術の進歩とともに大きく進化してきました。使われる電気の種類(直流か交流か)や構造によって、性能や特徴が異なります。ここでは、電車の心臓部であるモーターがどのように進化してきたのか、その代表的な種類を見ていきましょう。
かつての主流「直流モーター」
鉄道の黎明期から長らく主流だったのが直流モーターです。 直流モーターは、電気のプラスとマイナスが一定の「直流」電源で動くモーターのことです。
その最大の特長は、構造が比較的シンプルで、電圧を変えるだけで簡単に回転数を制御できる点にあります。 電車が発進するときに大きな力(トルク)を出しやすく、速度が上がるにつれてトルクが自然に減少していく特性が、鉄道車両の駆動に適していました。 そのため、VVVFインバータ制御(後述)が登場する前の電車では広く採用されていました。
しかし、直流モーターには「ブラシ」と「整流子」という部品が不可欠です。 これらはモーターが回転するために電流の向きを切り替える重要なパーツですが、物理的に接触しながら動くため、摩耗しやすく定期的なメンテナンスが必要になるという弱点がありました。 このメンテナンスの手間が、後に登場する交流モーターへの移行を促す一因となりました。
メンテナンスが楽な「交流モーター(誘導モーター)」
直流モーターのメンテナンス性の課題を克服し、現在の電車の主流となっているのが交流モーター、特に「三相かご形誘導モーター」です。 交流モーターは、その名の通り「交流」電源で動きます。
最大の特徴は、直流モーターにあったブラシや整流子がないことです。 回転する部分(回転子)に直接電気を流す必要がないため、構造が非常に頑丈で、摩耗する部品が少なく、メンテナンスが大幅に楽になりました。 これにより、車両の信頼性向上と維持コストの削減に大きく貢献しました。
しかし、交流モーターはただ交流電源に繋げばよいというものではありません。その回転数やトルクを自在に制御するためには、電圧と周波数を精密に変化させることができる特別な装置が必要でした。 この課題を解決したのが、次にご紹介する「VVVFインバータ」の登場です。VVVFインバータ技術の確立によって、高性能な交流モーターを電車で使えるようになり、鉄道技術は飛躍的な進歩を遂げたのです。
省エネの優等生「永久磁石同期モーター(PMSM)」
近年、さらなる省エネルギー化を目指して採用が進んでいるのが永久磁石同期モーター(PMSM: Permanent Magnet Synchronous Motor)です。 このモーターは、回転する部分(回転子)に強力な永久磁石を使用しているのが最大の特徴です。
従来の誘導モーターでは、回転子に電流を流して磁力を発生させる必要があり、そこでエネルギーの損失(二次銅損)が発生していました。 しかしPMSMは、回転子に永久磁石を使っているため、この部分に電流を流す必要がなく、エネルギー損失がありません。 これにより、誘導モーターと比べてさらに高い効率を実現し、消費電力を大幅に削減できるのです。
また、高効率であるためモーター自体の発熱が少なく、小型・軽量化しやすいというメリットもあります。 発熱が少ないことで、モーターを密閉構造(全閉形)にすることも可能になり、内部にホコリや水が入りにくくなることで故障のリスクが減り、メンテナンス性が向上します。 さらに、冷却ファンが不要になるため、騒音の低減にも繋がります。 このように、PMSMは省エネ性能、信頼性、静音性のすべてにおいて優れた性能を持つ、次世代のモーターとして注目されています。
PMSMのメリットまとめ
- 高効率:従来の誘導モーターより消費電力が少ない
- 小型・軽量化:同じ出力ならより小さく、軽くできる
- 低騒音:全閉構造にできるため、静か
- 省メンテナンス:内部の清掃が不要になる
電車の速さを自在に操る「VVVFインバータ」の役割
最近の電車に乗ると、発車時や停車時に「フィーン」や「ウィーン」といった独特の音が聞こえてきませんか?あの音の正体が、現代の電車に欠かせない制御装置「VVVFインバータ」です。この装置が、高性能な交流モーターを自在に操ることを可能にしました。
VVVFインバータは何をしているの?電圧と周波数のコントロール
VVVFインバータの「VVVF」とは、Variable Voltage Variable Frequencyの略で、「可変電圧・可変周波数」を意味します。 その名の通り、直流の電気を、電圧と周波数を自由に変えられる交流の電気に変換する装置です。
交流モーターの回転数は「周波数」に、力の強さ(トルク)は「電圧」に大きく関係しています。そのため、電車をスムーズに加速させたり、速度を維持したりするには、状況に応じてモーターに送る交流電気の電圧と周波数をきめ細かくコントロールする必要があります。
VVVFインバータの内部では、まず架線から取り込んだ直流電気(交流電化区間の場合は一度直流に変換します)を、半導体でできた高速のスイッチ(スイッチング素子)を使ってON/OFFを繰り返します。 このON/OFFの時間を精密に制御することで、まるで波形のような擬似的な交流を作り出し、その電圧と周波数を自在に変化させているのです。
・発車時(低速):低い電圧・低い周波数の交流を作り、ゆっくり力強くモーターを回す。
・加速時(中〜高速):速度の上昇に合わせて、電圧と周波数を徐々に高くしていく。
このVVVFインバータの登場により、メンテナンス性に優れた交流モーターの性能を最大限に引き出すことが可能になり、現代の電車の高性能化と省エネ化が大きく進みました。
発車時のあの独特な音の正体
電車の発車時に聞こえる「フィーン」という音階のような磁励音。これは、VVVFインバータがモーターを制御している音です。
前述の通り、VVVFインバータは高速でスイッチのON/OFFを繰り返して交流電流を作り出しています。このスイッチング動作によって、モーターの内部でごくわずかな振動が発生します。この振動が音となって私たちの耳に聞こえるのです。
特に発車時は、モーターを滑らかに回転させるために、周波数を細かく変化させながら制御しています。この周波数が変化する過程で、音の高さ(音階)も変わっていくため、まるで歌っているかのような独特の音が発生します。 車両の形式や、インバータに使われている半導体素子(GTO、IGBT、SiCなど)の種類によってスイッチングの仕方が異なるため、音色も多種多様です。鉄道ファンの中には、この音を聞き分ける人もいるほど、車両の個性を象徴するものとなっています。
VVVFインバータがもたらしたメリット
VVVFインバータ制御の導入は、鉄道車両に多くのメリットをもたらしました。
1. 省エネルギー性能の向上
モーターの回転をきめ細かく効率的に制御できるため、無駄な電力消費を抑えることができます。また、後述する「回生ブレーキ」との相性が非常に良く、ブレーキ時に発生した電力を架線に戻して再利用することで、さらなる省エネを実現しています。
2. メンテナンスの軽減
VVVFインバータは、ブラシや整流子が不要な交流モーター(誘導モーター)を駆動するための技術です。 これにより、定期的なブラシ交換などのメンテナンス作業が不要となり、車両の維持管理コストを大幅に削減しました。
3. 乗り心地の向上
電圧と周波数を滑らかに変化させることで、加減速時のショックが少ない、スムーズな走行が可能になりました。これにより、乗客の快適性が大きく向上しました。
4. 車両性能の向上(粘着性能の向上)
雨の日など、レールが滑りやすい状況でも、車輪の空転を検知してモーターの回転を瞬時に制御することができます。これにより、車輪が空回りするのを防ぎ、常に最大の駆動力を引き出すことが可能になりました。これを「粘着性能の向上」と呼び、安定した加速性能に繋がっています。
このように、VVVFインバータは現代の電車における「縁の下の力持ち」として、安全・快適・エコな運行を支える重要な役割を担っているのです。
ブレーキにもモーターが活躍!「回生ブレーキ」の仕組み

電車が駅に停車するとき、実はモーターがブレーキとしても大活躍していることをご存知でしょうか。これは「回生ブレーキ」と呼ばれる仕組みで、エネルギーを無駄にしない、非常に効率的なブレーキ方法です。現代の省エネ車両には欠かせない技術となっています。
モーターが発電機に早変わり?
モーターと発電機は、実は基本的な構造が同じです。
- モーター:電気を流すと、回転する力(動力)が生まれる。
- 発電機:外部から力をもらって回転させると、電気が生まれる。
電車がブレーキをかけるとき、運転士はモーターへの電力供給を止めます。しかし、電車はそれまで走ってきた勢い(運動エネルギー)で走り続けようとするため、車輪が回り続けます。この車輪の回転力がモーターに伝わることで、今度はモーターが発電機として働き始めます。
モーターが発電を始めると、内部に回転を妨げるような抵抗力(ブレーキ力)が発生します。 この抵抗力を利用して電車を減速させるのが、電気ブレーキの基本的な原理です。
そして、「回生ブレーキ」の最大の特徴は、この発電した電気を捨てるのではなく、パンタグラフを通じて架線に戻し、近くを走っている他の電車が再利用する点にあります。 まさに、エネルギーを「回(かえ)して」「生かす」ブレーキなのです。
回生ブレーキのメリット:省エネと環境への配慮
回生ブレーキには、多くのメリットがあります。
1. 卓越した省エネルギー効果
最大のメリットは、減速時に発生する運動エネルギーを電力として回収・再利用できることです。 これにより、鉄道全体の消費電力を大幅に削減することができます。 従来のブレーキ(摩擦ブレーキ)では、運動エネルギーはすべて熱として大気中に捨てられていました。 回生ブレーキは、この捨てられていたエネルギーを有効活用する画期的な仕組みです。
2. 環境負荷の低減
消費電力が減るということは、発電所で必要となる燃料や、それに伴うCO2排出量の削減に直接つながります。 回生ブレーキは、地球温暖化防止にも貢献する環境にやさしい技術なのです。
3. 摩擦ブレーキ部品の長寿命化
回生ブレーキを主に使用することで、車輪についているブレーキパッド(制輪子)などの摩擦材の消耗を減らすことができます。これにより、部品交換の頻度が減り、メンテナンスコストの削減にもつながります。
このように、回生ブレーキは経済性と環境性の両面で非常に優れたブレーキシステムと言えます。
回生ブレーキで発電した電気は、近くで加速している他の電車などが消費してくれることで成り立っています。しかし、夜間などで近くに電気を消費する電車がいない場合、発電した電気の行き場がなくなり、ブレーキが効かなくなってしまうことがあります。これを「回生失効」と呼びます。 そのため、電車は回生ブレーキが失効した場合に備えて、発電した電気を車載の抵抗器で熱に変えて消費する「発電ブレーキ」や、従来ながらの「空気ブレーキ」なども併用して、安全性を確保しています。
他のブレーキとの連携
電車は、安全に停止するために回生ブレーキだけでなく、複数のブレーキシステムを搭載しており、状況に応じてこれらを巧みに連携させています。
1. 発電ブレーキ
回生ブレーキと同様にモーターを発電機として利用する電気ブレーキの一種です。 違いは、発電した電気を架線に戻さず、車両に搭載された抵抗器に流して熱として放出する点です。 架線に電気を戻せない状況(回生失効時)や、回生ブレーキの機能を持たない古い車両などで使用されます。エネルギーの再利用はできませんが、電気ブレーキとしての強力な制動力を得ることができます。
2. 空気ブレーキ(摩擦ブレーキ)
最も基本的なブレーキで、すべての鉄道車両に装備されています。圧縮した空気の力で、車輪の側面や車軸に取り付けたディスクにブレーキパッド(制輪子)を押し付け、その摩擦力で電車を停止させます。 回生ブレーキが効きにくい低速域での停止や、緊急時、そして最終的な停車位置の微調整などで重要な役割を果たします。
電車は、まず優先的に省エネ効果の高い回生ブレーキを使用し、必要に応じて発電ブレーキや空気ブレーキを自動的に補足させることで、安全性と効率性を両立したスムーズな減速・停止を実現しているのです。
まとめ:電車のモーターの仕組みを理解して乗車を楽しもう
この記事では、「電車のモーターの仕組み」について、基本的な原理から最新技術まで幅広く解説してきました。最後に、重要なポイントを振り返ってみましょう。
- 電車のモーターは「フレミングの左手の法則」を応用して、電気エネルギーを回転運動に変えています。
- パンタグラフで集めた電気は、VVVFインバータなどの制御装置を通り、モーターを動かしています。
- モーターは直流モーターから、メンテナンス性に優れる交流モーターへ、そしてさらに高効率な永久磁石同期モーター(PMSM)へと進化を続けています。
- VVVFインバータは、電圧と周波数を自在に操ることで、交流モーターの性能を最大限に引き出し、省エネで快適な走りを提供します。
- ブレーキ時にはモーターを発電機として使う「回生ブレーキ」で、運動エネルギーを電気に変えて再利用し、省エネに大きく貢献しています。
私たちが日常的に利用する電車には、長年にわたって培われてきた数多くの技術が詰まっています。次に電車に乗るときは、発車時のモーター音に耳を澄ませてみたり、スムーズな加速や減速を体感してみたりすることで、この記事で紹介した技術の働きを身近に感じることができるかもしれません。電車の仕組みを知ることで、いつもの移動が少しだけ知的な探求の時間に変わるのではないでしょうか。



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