電車に乗っていると、ふと車内の照明が消えたり、エアコンが止まったりした経験はありませんか?
それはもしかしたら、電車が「エアセクション」を通過したサインかもしれません。
エアセクションは、電車の安定した運行に欠かせない重要な設備ですが、一体どのようなものなのでしょうか。
この記事では、鉄道の安定供給を支えるエアセクションの基本的な仕組みから、よく似た「デッドセクション」との違い、通過時に起こる現象まで、初心者の方にもわかりやすく解説していきます。エアセクションの役割を知ることで、毎日の通勤や通学、旅行での鉄道利用がもっと興味深くなるはずです。
エアセクションとは?その基本的な仕組み
エアセクションは、電気で走る鉄道にとって、なくてはならない重要な設備です。一見するとただの架線(かせん)のつなぎ目にしか見えませんが、そこには電車の安全運行を支えるための工夫が詰まっています。ここでは、エアセクションがどのようなもので、なぜ必要なのか、その基本的な部分から見ていきましょう。
エアセクションの定義と役割
エアセクションとは、簡単に言うと「架線の電気的な切れ目」のことです。 電車は、線路の上に張られた架線からパンタグラフという装置を使って電気を取り込み、モーターを回して走行します。この架線には、変電所から高い電圧の電気が送られています。
しかし、一本の架線で全線をカバーしているわけではありません。数キロメートルごとに変電所が設置されており、それぞれの変電所が担当する区間(き電区間)が決まっています。 エアセクションは、この隣り合う変電所から送られてくる電力系統を区分するために設けられた設備なのです。
構造的には、2本の架線が直接触れ合わないように、少しだけ離して平行に張られています。 この架線同士の間にある「空気」が絶縁体の役割を果たすことから、「エア」セクションと呼ばれています。 電車がこの区間を通過する際、パンタグラフは片方の架線からもう片方の架線へとスムーズに移動するため、電力供給が途切れることはありません。 このようにして、エアセクションは異なる電力系統を安全に切り替え、電車の安定走行を支えるという重要な役割を担っているのです。
なぜエアセクションが必要なのか?
では、なぜわざわざエアセクションを設けて、電力の供給区間を分ける必要があるのでしょうか。その理由は大きく分けて2つあります。
一つ目は、電力供給の安定化です。非常に長い距離を単一の電力系統でまかなおうとすると、変電所から遠くなるほど電圧が低下し、電車の性能を十分に発揮できなくなってしまいます。そのため、路線をいくつかの区間に分け、それぞれの区間に変電所を配置することで、常に安定した電力を供給できるようにしているのです。 エアセクションは、これらの区間の境界線として機能します。
二つ目は、メンテナンスやトラブル時の影響を最小限に抑えるためです。 もし全線が一本の架線でつながっていた場合、どこか一箇所で架線が切れるなどのトラブルが発生すると、全線が停電してしまいます。 しかし、エアセクションによって区間が区切られていれば、問題が発生した区間だけを停電させ、他の区間では運行を続けることが可能になります。 これは、架線の点検や交換といったメンテナンス作業を行う際も同様で、作業区間だけを停電させることで、効率的かつ安全に作業を進めることができるのです。
エアセクションとデッドセクションの違い
エアセクションとよく似た言葉に「デッドセクション」があります。どちらも架線の切れ目である点は共通していますが、その役割と構造には大きな違いがあります。
エアセクションは、主に同じ種類の電気(例えば直流1500V同士)が流れている区間の境目に設置されます。 2本の架線が並行している構造で、電車が通過する際に電力供給が途切れることはありません。
一方、デッドセクションは「電気が全く流れていない区間」のことを指します。 これは、電気の種類や電圧が異なる区間(例えば、直流と交流、あるいは交流でも周波数が違う区間など)の境界に設けられます。 もし性質の違う電気がパンタグラフを介して直接つながってしまうと、ショートして車両の故障や設備の大規模な損傷につながる危険があります。それを防ぐために、あえて電気を流さない「緩衝地帯」としてデッドセクションが設けられているのです。
したがって、電車がデッドセクションを通過する際は、一時的に完全に電力が供給されなくなり、車内の照明が消えたり空調が停止したりします。
- エアセクション:同じ種類の電気の境界。通過時に電力は途切れない。
- デッドセクション:異なる種類の電気の境界。電気が流れていない無電区間で、通過時に電力は完全に途切れる。
エアセクションの構造と種類
エアセクションは、電化方式(直流か交流か)によって、その構造や使われ方が少し異なります。ここでは、代表的なエアセクションの種類と、関連する設備について詳しく見ていきましょう。
直流区間のエアセクション
日本のJRや多くの私鉄の在来線で採用されているのが直流電化方式です。直流区間のエアセクションは、最も一般的なタイプと言えるでしょう。
その構造は、前述の通り、2本の架線(トロリ線)を、空気を絶縁体として一定の間隔(標準で300mm)を保ちながら平行に設置したものです。 架線柱1~2スパン(約50m~100m)ほどの長さにわたって、2本の架線がオーバーラップしています。
電車がこの区間を通過する際、パンタグラフはまず一方の架線に接触し、次に両方の架線に同時に接触し、最後にもう一方の架線へと移っていきます。 この一連の流れの中で、車両への電力供給は途切れることがありません。 ただし、2つの異なる変電所からの電気がパンタグラフを介して一瞬だけ短絡(ショート)するため、多少の電圧差があると火花が散ることがあります。 通常の速度で通過する分には問題ありませんが、この区間での停車は原則として禁止されています。
交流区間のエアセクション
新幹線や東北・北陸・北海道、九州の一部のJR線では、交流電化方式が採用されています。交流電気は、直流に比べて高い電圧で送電できるため、変電所の間隔を長くできるメリットがあります。
交流区間でも、変電所間の電力系統を分けるためにセクションが設けられます。交流の電気が同じ位相(電気の波のタイミングが同じ)であれば、直流区間と同様のエアセクション(碍子形同相セクション)が使われることもあります。
しかし、交流区間では変電所ごとに電気の位相が異なることが多く、その境界には「異相区分セクション」と呼ばれるデッドセクションが設けられるのが一般的です。 これは、位相の異なる交流電気同士が混ざると、非常に大きな電流が流れて設備を破損させてしまう危険があるためです。
ただし、新幹線のように高速で常時加速が必要な路線では、惰性で走行しなければならないデッドセクションは運転の妨げになります。そのため、新幹線では地上側で架線の電気を切り替える「異相区分切替セクション」という特殊な方式が採用されており、デッドセクションを通過する必要がないよう工夫されています。
【豆知識】交流と直流の違い
電気には「直流(DC)」と「交流(AC)」の2種類があります。直流は電気が流れる向きが常に一定(乾電池など)なのに対し、交流は電気の流れる向きと大きさが周期的に変化します(家庭のコンセントなど)。鉄道では、それぞれにメリット・デメリットがあり、路線や国によって採用されている方式が異なります。
FRPセクションインシュレータとは?
エアセクションは構造上、最低でも50m程度の長さが必要になるため、駅構内や車両基地など、狭い場所への設置には向きません。 そのような場所で架線を電気的に絶縁したい場合に用いられるのが「セクションインシュレータ」です。
セクションインシュレータは、架線の間にFRP(繊維強化プラスチック)や碍子(がいし)といった絶縁体を直接はめ込んだ装置です。 空気の代わりに固体の絶縁物を使うことで、非常に短い距離で電気を区切ることができるのが最大の特長です。 これにより、駅のホームや複雑な配線が入り組む車庫内でも、安全に電気系統を分離できます。
特にFRP製のものは軽量で、絶縁性に優れているため広く利用されています。 ただし、絶縁体部分は架線本体よりも硬いため、電車が高速で通過するとパンタグラフが跳ねてしまい、安定した集電ができなくなる可能性があります。 そのため、セクションインシュレータは、電車が比較的低速で走行する区間に限定して使用されるのが一般的です。
電車がエアセクションを通過するときの現象
私たちが日常的に電車を利用する中で、エアセクションの存在を意識することは少ないかもしれません。しかし、注意深く観察していると、その通過を知らせるいくつかのサインに気づくことができます。ここでは、電車がエアセクションを通過する際に車内や車外で起こる現象について解説します。
室内灯が消えたり空調が止まったりする理由
エアセクションはデッドセクションとは異なり、電力供給が完全に途絶えるわけではありません。そのため、基本的には室内灯が消えたり空調が止まったりすることはありません。
もし車内が一瞬暗くなる現象に遭遇した場合、それはエアセクションではなく「デッドセクション」を通過している可能性が高いです。 デッドセクションでは数秒間、車両への電力供給が完全にストップするため、サービス用の電源をバッテリーに切り替える機能がない古い車両などでは、室内灯が消え、モーター音や空調の音が止まることがあります。
最近の新型車両は、バッテリー(蓄電池)の性能が向上しており、デッドセクションを通過する際も予備電源で車内設備を維持できるため、照明が消えることはほとんどなくなりました。しかし、路線によっては今でも昔ながらの「一瞬の暗闇」を体験できる場所が残っています。
パンタグラフから火花が散るのはなぜ?
夜間に電車の窓から外を眺めていると、パンタグラフのあたりで「バチッ」と青白い光が閃くのを見かけることがあります。これは多くの場合、電車がエアセクションを通過する際に発生する「アーク放電」という現象です。
エアセクションでは、隣り合う2つの変電所から電力が供給されていますが、他の電車の走行状況などによって、2本の架線の間にはわずかな電位差(電圧の差)が生じています。 電車がエアセクションを通過し、パンタグラフが両方の架線に同時に触れると、この2つの電力系統が短絡(ショート)します。 このとき、電位差が大きいと、パンタグラフと架線の接触部分でアーク放電、つまり火花が発生するのです。
また、パンタグラフが一方の架線からもう一方の架線へ移る瞬間に、ごくわずかな隙間ができることがあります。この隙間を電気が無理やり飛び越えようとするときにもアーク放電が発生します。 通常の走行では一瞬の出来事であり、安全上の問題はありません。
運転士はエアセクションで何をしている?
エアセクションを安全に通過するために、運転士は特別な操作を行っているわけではありません。通常の速度で通過すれば問題ないため、特別な減速や加速の操作は不要です。
ただし、運転士にとって最も重要なのは「エアセクションの区間内では、絶対に電車を停車させない」ということです。 もしエアセクション内で電車が停車してしまうと、パンタグラフを通じて2つの電力系統が短絡し続けます。すると、接触部分に大電流が流れ続け、その熱でパンタグラフや架線が溶けて切れてしまう「溶断」という深刻な事故につながる恐れがあるのです。
そのため、エアセクションの手前には「電車線区分標」と呼ばれる標識が設置されており、運転士にセクションの存在を知らせています。 さらに、「× 止まるな!」といった注意喚起の看板や、列車の最後尾がセクションを完全に通過したことを示す「セクションクリア標識」などが設置されている場合もあります。 これにより、運転士は細心の注意を払って運転しているのです。
エアセクションに関する豆知識
ここまでエアセクションの仕組みや役割について解説してきましたが、さらに深掘りしていくと、より鉄道の奥深さに触れることができます。ここでは、エアセクションの探し方から新幹線の事例、過去のトラブルまで、いくつかの豆知識をご紹介します。
エアセクションの探し方
エアセクションを実際に見てみたいと思ったら、どうやって探せばよいのでしょうか。いくつかのヒントがあります。
最もわかりやすい目印は、線路脇に立てられている「電車線区分標」です。 これは、白地に赤い斜め線や稲妻のようなマークが描かれた標識で、ここからエアセクションが始まることを示しています。鉄道会社によってデザインは異なりますが、セクションの存在を示す重要なサインです。
また、架線そのものに注目するのも一つの方法です。エアセクション区間では、2本のトロリ線が少し離れて平行に張られているのが特徴です。注意深く架線を見上げていると、線が2本になっている部分を見つけられるかもしれません。場所によっては、架線を保護するために赤いカバーが取り付けられていることもあります。
一般的に、エアセクションは変電所と変電所の中間あたり、おおよそ3~5kmに1箇所程度の間隔で設けられています。 駅と駅の間など、電車がある程度の速度で走行する場所に設置されていることが多いです。
新幹線のエアセクション
高速で走行する新幹線では、在来線以上に安定した電力供給が求められます。新幹線は交流電化を採用しているため、基本的には変電所間の境界にはデッドセクション(異相区分セクション)が設けられます。
しかし、前述の通り、惰性走行を伴うデッドセクションは高速運転の妨げとなるため、本線上では地上で饋電(きでん)回路を切り替えることで、車両側で特別な操作をすることなく通過できる「切替セクション」が採用されています。
一方で、駅の構内や車両基地への分岐線など、比較的低速で走行する区間では、在来線と同じようなエアセクションが使用されることもあります。 新幹線のエアセクションは、在来線よりも架線間の離隔が広く(標準500mm)、また高速通過によるパンタグラフの離線を防ぐため、架線柱2スパン分(約100m)と長めに設計されているのが特徴です。 これにより、時速300kmを超えるような高速走行時でも、スムーズで安定した集電を可能にしているのです。
エアセクションでのトラブル事例
エアセクション内での停車は原則禁止されていますが、過去にはやむを得ず停車してしまい、架線が溶断するトラブルが何度か発生しています。
例えば、2007年6月にはJR東北本線のさいたま新都心駅と大宮駅の間で、前の列車が詰まっていたために普通列車がエアセクション内に停車。その結果、架線が溶断し、首都圏の広い範囲で長時間にわたり運転が見合わせとなる大きな輸送障害となりました。 また、2015年8月にはJR京浜東北・根岸線の横浜駅と桜木町駅の間でも、同様の原因で架線が切断するトラブルが発生しています。
これらの事故を教訓に、各鉄道会社では対策を進めています。運転士への注意喚起を強化するための標識を増設したり 、万が一停車しても架線が溶断しにくいように、耐熱性に優れた強化型の架線(TC型エアセクションなど)を導入したりする取り組みが行われています。 さらに、ATC(自動列車制御装置)によってセクション内での停車を自動的に回避するシステムを導入するなど、ハード・ソフト両面での安全対策が図られています。
まとめ:エアセクションを理解して鉄道をもっと楽しもう

今回は、電車の安定運行を陰で支える「エアセクション」について詳しく解説しました。
エアセクションは、異なる変電所からの電力供給区間を分けるための「電気的な切れ目」です。 これにより、電力の安定供給を確保し、事故やメンテナンス時の影響範囲を最小限に抑えるという重要な役割を担っています。
また、電気が流れていない「デッドセクション」とは異なり、電力供給を止めずに通過できるのが特徴です。 しかし、その構造上、区間内での停車は架線を溶断させる危険があるため、運転士は標識などを頼りに細心の注意を払って運転しています。
普段何気なく乗っている電車ですが、その頭上には、安全で快適な移動を支えるための様々な工夫が凝らされています。次に電車に乗るときは、少しだけ窓の外の架線や線路脇の標識に目を向けてみてはいかがでしょうか。もしかしたら、この記事で紹介したエアセクションを見つけられるかもしれません。



コメント