東武鉄道の特急列車として、多くの人々の足となってきた東武200系。ビジネスや観光で利用した思い出がある方も多いのではないでしょうか。
この車両は、実は全くの新車ではなく、古い車両の部品を再利用して生まれた「リサイクル車両」であることはご存知でしたか?コストを抑えつつも、快適なサービスを提供するために様々な工夫が凝らされた東武200系は、東武鉄道の歴史を語る上で欠かせない存在です。
この記事では、東武200系の誕生の背景から、その特徴的なデザイン、兄弟車両である250系との違い、そして多くのファンに惜しまれつつ迎えた引退までの歴史を、わかりやすく解説していきます。
東武200系とは?急行から特急へ格上げの立役者
東武200系は、東京の浅草と群馬県の赤城・伊勢崎、栃木県の葛生などを結ぶ伊勢崎線系統で活躍した特急形車両です。 長年にわたり急行列車として親しまれてきた「りょうもう」号を特急に格上げするという大きな使命を担って登場しました。 その誕生には、東武鉄道ならではのユニークな背景がありました。
1800系からの華麗なる転身
東武200系が登場する前、伊勢崎線の急行「りょうもう」は1800系という車両で運行されていました。 1800系は1969年にデビューし、ビジネスや観光の足として定着していましたが、時代とともに設備の陳腐化やサービス向上の必要性が高まっていました。
そこで、「より速く、より快適に」をコンセプトに開発されたのが東武200系です。 1991年2月1日に営業運転を開始し、それまで固定式のクロスシートだった1800系に対し、回転式のリクライニングシートを導入するなど、格段に快適性が向上しました。 この車両の登場により、「りょうもう」は急行から特急へと格上げされる礎が築かれたのです。
急行「りょうもう」から特急「りょうもう」へ
東武200系は、1990年から1998年にかけて6両編成9本が順次導入されました。 そして、最後に増備車である250系1編成が加わり、1800系を完全に置き換えました。
全列車が200系・250系に統一されたことを受け、1999年3月のダイヤ改正で、急行「りょうもう」は特急「りょうもう」へと格上げされました。 これにより、東京と両毛地域を結ぶビジネス・観光輸送のサービスレベルが大きく向上したのです。
コストと性能を両立した「リサイクル優等生」
東武200系の最大の特徴は、主要な走行機器を他の車両から流用している点です。 具体的には、日光線特急で活躍していた1700系や1720系「デラックスロマンスカー(DRC)」の台車や主電動機(モーター)などを再利用し、車体だけを新しく製造するという手法が取られました。
この方法は、開発・製造コストを大幅に抑えることができる一方で、性能面では課題が残ることもあります。しかし、東武鉄道は長年の技術と経験を活かし、流用した機器を巧みにチューニング。制御装置には、当時の新技術である「界磁添加励磁制御」を採用し、古いモーターを使いながらも回生ブレーキ(ブレーキ時にモーターを発電機として使い、電力を架線に戻す仕組み)の使用や、スムーズな加減速、安定した高速走行を実現しました。
車体は新しく、足回りはリサイクル品という「新旧合作」の車両。まさに、物を大切にする東武鉄道の伝統が息づいた「リサイクルの優等生」と呼べる存在なのです。
東武200系のデザインと車内設備

東武200系は、コストを意識したリサイクル車両でありながら、デザインや車内設備には特急車両としての風格と快適性を高めるための工夫が随所に見られます。ここでは、その外観と内装、そして走行性能を支える技術について詳しく見ていきましょう。
流線型が美しいエクステリアデザイン
東武200系の外観で最も目を引くのは、シャープさとスピード感を強調した流線型の先頭形状です。 大きな一枚ガラスの前面窓が特徴で、その後の東武鉄道の車両デザインにも影響を与えました。
車体カラーは、ジャスミンホワイトを基調に、ローズレッドの帯を配した上品なデザインで、窓周りはブラックで引き締められています。 このカラーリングは、長年にわたり特急「りょうもう」のイメージとして親しまれました。
また、後年には様々な特別塗装も登場しました。2021年には登場30周年を記念して、前身である1800系のカラーリング(赤地に白帯)を再現したリバイバルカラー編成が登場し、多くのファンを喜ばせました。
快適性を追求した客室と座席
車内に足を踏み入れると、落ち着いた雰囲気の空間が広がります。座席は全て2人がけの回転式リクライニングシートで、シートピッチ(座席の前後間隔)は985mmと、当時の急行車両としてはゆったりとした造りでした。
興味深いのは、製造時期によって座席の種類が異なる点です。初期に製造された編成は、フットレストも備えた完全新設計の座席でした。 しかし、中間に製造された一部の編成には、なんと廃車となった1720系「デラックスロマンスカー」の座席を再利用したものが搭載されていました。 優雅な曲線を描く肘掛けなど、往年の名車の面影を感じることができました。
当時の最新技術!VVVFインバータ制御とは?
東武200系(200型)の制御方式は、古いモーターを再利用しながら性能を引き出すための「界磁添加励磁制御」という方式が採用されました。 これは、当時としては省エネ性能と乗り心地を両立させるための先進的な技術でした。
一方、200系の増備車として1編成だけ製造された「250系」では、全く新しいVVVFインバータ制御が採用されました。
VVVFインバータ制御とは、直流の電気を一度交流に変換し、その周波数や電圧を自在に変化させることで、モーターの回転数をきめ細かく制御する技術です。これにより、エネルギー効率が非常に高く、滑らかな加速・減速が可能になります。現在の電車の多くがこの方式を採用しており、発車・停車時に「フィーン」という独特の磁励音(モーターの音)がするのが特徴です。250系は、当時の最新通勤車両だった30000系と同じ機器を採用しており、200系とは走行音が全く異なります。
200系・250系の違いと台湾との意外な関係
東武200系には、見た目はそっくりでも中身が大きく異なる「250系」という兄弟車両が存在します。また、日本の鉄道車両が遠く離れた台湾の鉄道と深い関わりを持つこともあります。ここでは、200系にまつわる少しマニアックな話題や、意外な国際交流についてご紹介します。
そっくりだけど違う!250系との見分け方
200系(200型)と250系は、どちらも特急「りょうもう」として活躍し、外観や内装もほとんど同じです。 しかし、その中身は全くの別物と言っていいほど異なります。
最大の違いは、前述の通り走行機器がリサイクル品か新品かという点です。 200型が1720系DRCの機器を流用しているのに対し、250型は走行機器も含めてすべてが新しく製造された完全新造車です。
この違いは、床下の機器配置やパンタグラフの数にも表れています。200型は全ての車両がモーター付きの「電動車」であるため、6両編成中にパンタグラフが3基搭載されています。 一方、250型はモーター付きの車両と付随する車両が半々の3M3T構成のため、パンタグラフは2基しかありません。 鉄道ファンにとっては、このパンタグラフの数が両者を見分ける大きなポイントとなっています。
| 200系 (200型) | 250系 (250型) | |
|---|---|---|
| 製造経緯 | 1700系・1720系の機器を流用、車体は新造 | 完全新造車 |
| 制御方式 | 抵抗制御・界磁添加励磁制御 | VVVFインバータ制御 |
| 編成構成 | 6両すべて電動車 (6M) | 3両が電動車、3両が付随車 (3M3T) |
| パンタグラフ数 | 3基 (2, 3, 5号車) | 2基 (2, 5号車) |
海を渡った姉妹提携!台湾鉄路管理局との友好の証
2015年、東武鉄道は台湾の国鉄にあたる「台湾鉄路管理局(台鉄)」と友好鉄道協定を締結しました。 これを記念して、様々な交流施策が実施されましたが、その一環として驚きの企画が実現しました。
2016年6月、東武200系の1編成(208F)が、台湾で人気の特急列車「普悠瑪(プユマ)号」とそっくりのデザインに変更されたのです。 白いボディに赤いラインが流れる「普悠瑪」号のデザインは、元の200系のカラーリングと雰囲気が似ていることからこの企画が実現しました。
車体側面には「Ryomo」の文字が大きく描かれ、友好の証である記念エンブレムも掲出されました。 この「普悠瑪カラー」のりょうもう号は、日本の鉄道ファンだけでなく、台湾からの観光客にも大きな注目を集め、両者の友好関係を象徴する存在となりました。
幻の観光列車「ぷちっと号」計画
東武200系には、実現しなかった幻の計画がありました。それは、一部の編成を改造し、観光列車「ぷちっと号」としてデビューさせるという構想です。
この計画は、特急「りょうもう」の運用から退いた後の車両活用策として検討されていたようです。具体的なデザインや運行区間などの詳細は明らかにされていませんが、もし実現していれば、新たな魅力を持った列車として多くの乗客を楽しませてくれたことでしょう。
しかし、残念ながらこの計画は実現には至りませんでした。後継車両である500系「リバティ」の登場や、車両自体の老朽化なども影響したと考えられます。今となっては、鉄道ファンの間で語り継がれる「幻の列車」となっています。
特急「りょうもう」としての活躍と引退
1991年のデビュー以来、約30年間にわたり伊勢崎線系統の顔として走り続けた東武200系。 多くの人々の日常や旅の思い出を乗せてきましたが、新しい時代の到来とともに、その役目を終える時がやってきました。ここでは、その輝かしい功績と惜しまれつつ迎えたフィナーレについて振り返ります。
伊勢崎線を駆け抜けた長年の功績
東武200系は、特急「りょうもう」として浅草と群馬・栃木の各都市を結び、ビジネス利用客や観光客の重要な足として活躍しました。 平日は通勤・通学客を、休日は行楽地へ向かう人々を運び、地域の経済や文化交流に大きく貢献しました。
その安定した走りと快適な車内空間は、多くの利用者から高い評価を得ていました。特に、リクライニングシートの導入は、それまでの急行列車からサービスレベルを大きく引き上げるものであり、「りょうもう」のブランドイメージ向上に大きく貢献したと言えるでしょう。
デビューから一度も大きな塗装変更なく走り続けたことも、200系の特徴です。 ジャスミンホワイトにローズレッドの帯という姿は、沿線住民にとって日常の風景の一部となり、長く愛される存在であり続けました。
後継車両500系「リバティ」の登場
長年にわたり活躍してきた200系ですが、車体の更新から30年、流用した足回りに至っては製造から50年以上が経過し、老朽化が進行していました。 そこで、後継車両として導入されたのが、2017年にデビューした新型特急車両500系「リバティ」です。
500系「リバティ」は、3両編成を基本とし、分割・併合が可能な点が大きな特徴です。これにより、目的地に応じて柔軟な運行が可能となり、利便性が大幅に向上しました。一部の「りょうもう」は「リバティりょうもう」として500系に置き換えられ、200系の運用は徐々に減少していきました。
多くのファンに惜しまれながらのラストラン
500系「リバティ」の増備に伴い、200系の廃車が始まりました。 2020年12月に最初の編成(201F)が廃車回送されたのを皮切りに、順次その数を減らしていきました。
引退が近づくにつれて、沿線には最後の雄姿をカメラに収めようと多くの鉄道ファンが集まりました。特に、1800系の塗装を復刻したリバイバルカラー編成は高い人気を集め、最後まで注目を浴び続けました。
特別な引退セレモニーなどはありませんでしたが、長年走り慣れた伊勢崎線を静かに去っていく姿は、一つの時代の終わりを告げるものでした。コスト削減とサービス向上という難しい課題をクリアし、特急への格上げという大役を果たした東武200系。その功績は、東武鉄道の歴史に深く刻まれています。
まとめ:東武200系が鉄道史に残した足跡

今回は、東武鉄道の特急「りょうもう」として長年活躍した東武200系について詳しく解説しました。
古い車両の機器を再利用して誕生したというユニークな出自を持ちながら、急行から特急への格上げという重要な役割を果たした名車両です。 流線型の美しいデザインと快適なリクライニングシートを備え、約30年もの間、多くの人々の足として走り続けました。
兄弟車両である完全新造の250系との違いや、台湾の特急列車「普悠瑪号」の塗装をまとった国際交流など、話題の多い車両でもありました。
後継車両である500系「リバティ」にその役目を譲り、静かに姿を消しつつありますが、東武200系が残した功績と、多くの人々に愛された記憶は、これからも色褪せることはないでしょう。



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