東京メトロの路線網の中で、通常は交わることのない東西線と千代田線。しかし、かつて東西線で活躍していた「05系」という車両が、千代田線の一部区間でその姿を見せていたことをご存じでしょうか。
「なぜ東西線の車両が千代田線に?」と疑問に思う方も多いかもしれません。実は、これには車両の世代交代や路線の事情が深く関わっています。
この記事では、05系が千代田線、特に「北綾瀬支線」と呼ばれる区間で活躍するに至った背景から、そのために施された大規模な改造、そして現在の姿まで、鉄道ファンならずとも興味深いストーリーをわかりやすく紐解いていきます。
05系が千代田線にやってきた意外な背景
もともと東西線の顔として長年親しまれてきた05系が、なぜ緑色のラインカラーをまとって千代田線を走ることになったのでしょうか。その裏には、東京メトロが抱える車両の更新計画と、特定の路線ならではの事情がありました。ここでは、05系が千代田線へ転身するきっかけとなった背景を詳しく見ていきましょう。
なぜ東西線の車両が?古い車両を置き換えるための転属
05系が千代田線に転属した最大の理由は、千代田線の綾瀬駅と北綾瀬駅を結ぶ「北綾瀬支線」で使われていた古い車両を置き換える必要があったためです。 この支線では、長年にわたり6000系の試作車や、同じく東西線などから転用された5000系といった、製造から長い年月が経過した車両が活躍していました。
これらの車両は老朽化が進み、補修部品の確保も難しくなってきていました。
ちょうどその頃、東西線では新型車両15000系の導入が進んでおり、それによって05系の初期に製造された車両に余剰が生まれていました。 そこで、まだ十分に使える05系を改造して北綾瀬支線に転用するという計画が持ち上がったのです。新しい車両を製造するよりも、既存の車両を有効活用するほうがコストを抑えられます。このような形で、路線の垣根を越えた車両の移籍が実現しました。
活躍の舞台は「北綾瀬支線」
05系が活躍の場としたのは、千代田線の本線ではなく、「北綾瀬支線」と呼ばれる綾瀬駅~北綾瀬駅間の一駅区間です。 この支線は、もともと綾瀬車両基地への引き込み線の一部を旅客化したもので、長らく3両編成の短い電車が往復するだけのローカルな路線でした。
05系の転属は、この北綾瀬支線のサービス向上も目的の一つでした。2014年3月のダイヤ改正で、日中の運転間隔が15分から10分に短縮されることになり、運行に必要な車両本数を増やす必要があったのです。 従来の車両に加えて、新たに05系を4編成投入することで、増発されたダイヤに対応できるようになりました。 05系は、単なる古い車両の置き換えだけでなく、北綾瀬支線の利便性を高めるという重要な役割も担ってのデビューだったのです。
対象となった05系初期車
千代田線への転属に選ばれたのは、1988年から1991年にかけて製造された05系の初期車でした。 具体的には、東西線で第1編成、第3編成、第6編成、第13編成として活躍していた4つの編成です。
これらの車両は、東西線に新型車両15000系が導入されたことにより、第一線を退いていました。
登場から20年以上が経過していましたが、先進的なデザインは古さを感じさせず、大規模なリニューアルを施すことで、まだまだ活躍できると判断されたのです。 元々は10両編成だったこれらの車両から、先頭車と中間車の一部を抜き出して、新たな3両編成として生まれ変わることになりました。
千代田線向け05系の特徴と大掛かりな改造内容
東西線から千代田線北綾瀬支線へと活躍の場を移すにあたり、05系には「新車同様」といえるほど大規模な改造が施されました。単に色を塗り替えただけではありません。編成の長さを大胆に変更し、見た目や車内設備、さらには走行性能に関わる重要な機器まで、あらゆる部分に手が加えられました。ここでは、その驚くべき変身の内容を詳しく見ていきましょう。
最大の変化!10両から3両への大胆な短縮
千代田線向け改造における最も大きな特徴は、もともと10両だった編成を3両編成へと大幅に短縮したことです。 東西線時代は長い編成で多くの乗客を運んでいましたが、北綾瀬支線は一駅のみの短い区間を往復するため、3両編成で十分でした。
改造にあたっては、元の10両編成から先頭車2両と中間車1両を抜き出して使用するという単純なものではなく、使用する車両の構成も変更されました。 具体的には、元の編成の1号車、2号車、10号車が選ばれ、中間車にも運転に必要な機器が搭載されるなど、3両で一つの完結した編成として機能するように組み替えられました。 このような大掛かりな編成の組み換えは、鉄道車両の改造としては非常に珍しいケースです。不要となった中間車は、一部が海外へ譲渡されたり、部品取りに使われたりしました。
この改造により、05系はまったく新しい編成として生まれ変わりました。東西線時代の編成番号(例:01F)も、千代田線仕様の60番台(例:63F)へと変更されています。
見た目と車内の変化は?
外観で最も目立つ変化は、車体の帯色です。東西線のラインカラーである水色(スカイブルー)から、千代田線のラインカラーである緑色を基調としたデザインに変更されました。 これは千代田線を走る16000系に近いデザインで、一目で千代田線の車両だとわかるようになっています。 また、北綾瀬支線の駅にはホームドアが設置されているため、窓の上にも緑色の帯が追加され、視認性が高められています。
車内も大幅にリニューアルされました。座席のモケット(布地)は東西線時代のピンク系から、16000系に合わせた青系に交換。 床材や内壁のパネルも落ち着いた色調に一新され、現代的で清潔感のある空間に生まれ変わりました。 さらに、各ドアの上には17インチの液晶モニターが2台ずつ設置され、乗り換え案内や広告などを表示できるようになり、サービス面でも大きく向上しました。
側面の行先表示器の撤去
面白い点として、北綾瀬支線は綾瀬~北綾瀬の一駅区間しか走行しないため、側面の行先表示器は不要と判断され、撤去のうえ板で塞がれています。 前面の表示器はフルカラーLEDに交換され、「ワンマン」と「綾瀬⇔北綾瀬」を交互に表示するようになっています。
省エネ化とワンマン運転への対応
見た目だけでなく、走行性能に関わる部分も最新の技術で更新されました。特に重要なのが、制御装置を「VVVFインバータ制御」方式に交換したことです。
この改造では、特に省エネ性能が高い「SiC」という新しい半導体素子を使ったVVVFインバータが採用されました。 これにより、消費電力を大幅に削減できただけでなく、走行音も静かになりました。
さらに、北綾瀬支線は運転士一人で運行する「ワンマン運転」を行っているため、それに対応する改造も行われました。運転台は、加速とブレーキを別々に操作する「ツーハンドル」から、一つのハンドルで両方を操作できる「ワンハンドルマスコン」に交換。 ホームの安全を確認するための監視モニター(CCTV)なども新たに追加され、安全なワンマン運転を実現しています。
改造内容まとめ
| 項目 | 改造前(東西線時代) | 改造後(千代田線仕様) |
|---|---|---|
| 編成 | 10両編成 | 3両編成 |
| 帯色 | スカイブルー基調 | グリーン基調 |
| 制御装置 | 高周波分巻チョッパ制御 | SiC-VVVFインバータ制御 |
| 車内案内表示 | LED文字表示 | 17インチ液晶モニター(LCD) |
| 運転台 | ツーハンドル | ワンハンドル |
| その他 | – | ワンマン運転対応機器搭載 |
05系の千代田線での活躍と現在

大規模な改造を経て、千代田線北綾瀬支線専用車両として生まれ変わった05系。緑の帯をまとったその姿は、多くの鉄道ファンに新鮮な驚きを与えました。では、具体的にいつからいつまで、どのように活躍してきたのでしょうか。そして、その役目を終えた今、車両たちはどうなっているのでしょうか。ここでは、05系の千代田線での歩みとその後の運命を追います。
デビューから支線運行終了までの道のり
改造を終えた05系が、千代田線北綾瀬支線で営業運転を開始したのは2014年4月28日のことでした。 最初にデビューしたのは元第13編成(→66F)で、その後、順次残りの編成も運用に入りました。 これにより、長年支線を支えてきた5000系や6000系試作車は順次引退し、北綾瀬支線の車両は05系に統一されました。
デビュー以来、05系は綾瀬~北綾瀬間を黙々と往復し、地域の足として活躍を続けました。しかし、その活躍には転機が訪れます。2019年3月16日、北綾瀬駅のホームが10両編成に対応する延伸工事を終え、千代田線の本線から10両編成の電車が直接乗り入れるようになったのです。 これにより、北綾瀬支線の利便性は飛躍的に向上しましたが、同時に3両編成である05系の役割は少しずつ変化していくことになりました。
現在の役割と今後の見通し
本線からの10両編成直通運転が開始された後も、05系がすぐに引退したわけではありません。現在も、10両編成の列車の合間を縫う形で、綾瀬~北綾瀬間の区間運転列車として活躍を続けています。 これは、ラッシュ時や日中の運行本数を確保するために重要な役割を担っているためです。
しかし、その運用本数は以前よりも減少しており、4編成在籍しているうち、実際に営業運転で必要となるのは一部に限られています。 同じく支線を持っていた丸ノ内線の方南町支線では、本線直通化後に支線専用車両が廃止された例もあり、北綾瀬支線の05系も将来的には引退する可能性が高いと見られています。
一方で、営業運転以外の重要な役割も担っています。それは、東京メトロの乗務員を養成する「総合研修訓練センター」での訓練用車両としての活用です。 実際の車両を使って訓練を行うことは非常に重要であり、05系はその役目も担っているのです。
役目を終えた車両の行方
東西線時代に05系の初期車として共に活躍した仲間たちの多くは、インドネシアの首都ジャカルタ首都圏の通勤鉄道「KCI(旧KRLジャボデタベック)」へ譲渡されました。 日本で役目を終えた後も、遠く離れた地で多くの人々の足として走り続けているのです。
千代田線で活躍している05系は、今のところ廃車や譲渡の話は具体化していません。しかし、もし将来的に北綾瀬支線での役目を完全に終えた場合、その後の処遇が注目されます。特に、元となった第1編成(05-101F)は05系のトップナンバーであり、歴史的な価値も高いことから、保存を期待する声もあります。
3両編成というコンパクトな編成であるため、地方の私鉄などへの再譲渡の可能性も考えられますが、現時点では未定です。しばらくは北綾瀬支線での区間運行と、訓練車としての役割を担いながら、静かに走り続けることでしょう。
まとめ:05系が千代田線で果たした重要な役割

東西線の顔としてデビューし、予期せぬ形で千代田線へと活躍の場を移した05系。その道のりは、単なる車両の転属という一言では片付けられません。北綾瀬支線で長年活躍した旧型車両を置き換え、路線の増発とサービス向上を実現するという重要な使命を担っての登場でした。 10両から3両へという大胆な短縮改造や、最新の省エネ機器への換装など、その変身ぶりは特筆すべきものです。
2019年からは本線からの10両編成直通運転が始まり、主役の座を譲りましたが、今なお運行本数を確保するための区間列車として、また未来の運転士を育てる訓練車として、その存在価値を示しています。 短い区間ながらも、東京の鉄道ネットワークの過渡期を支えた05系の千代田線での活躍は、多くの人々の記憶に残るでしょう。



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