多くのファンに惜しまれつつ、一つの時代を築いた新幹線車両「E2系」が定期運行のラストランを迎えました。
1997年のデビュー以来、長野新幹線(現:北陸新幹線)や東北新幹線、上越新幹線で活躍し、日本の高速鉄道網を支えてきたE2系。
この記事では、E2系のラストランに関する情報、なぜ引退することになったのか、その輝かしい歴史や車両の魅力、そして後継車両について、鉄道ファンはもちろん、これまでE2系を利用してきた多くの方々にも分かりやすく解説します。
長年にわたる活躍の軌跡を一緒に振り返ってみましょう。
E2系ラストランの概要と定期運行終了の背景
長年にわたり多くの人々を運び続けたE2系新幹線。その定期運行の終了は、鉄道ファンだけでなく、多くの利用者にとっても一つの時代の終わりを感じさせる出来事でした。ここでは、E2系のラストランがいつだったのか、そしてなぜ引退することになったのか、その背景を詳しく見ていきます。
惜しまれつつ…2024年3月15日に定期運行終了
JR東日本の新幹線E2系は、2024年3月15日をもって定期運行を終了しました。 特に注目を集めたのは、2022年から東北・上越新幹線開業40周年などを記念して200系のカラーリング(緑の帯)を再現していたJ66編成で、この編成も同日に定期運行を終えています。
E2系の引退は段階的に進められてきました。まず、長野新幹線(現:北陸新幹線)の「あさま」としての運用が2017年3月31日に終了。 続いて、上越新幹線でもE7系への置き換えが進み、2023年3月17日に定期運用を終了しました。 そして最後の活躍の場となっていた東北新幹線でも、2024年3月15日のダイヤ改正をもって定期運行が終了となったのです。
このラストランに向けて、JR東日本は記念の旅行商品を発売するなど、引退を惜しむファンのための企画も実施されました。 最終運行日には、多くの鉄道ファンが駅や沿線に集まり、E2系の最後の雄姿を見送りました。
なぜ引退?E2系が姿を消す理由
E2系が引退する主な理由は、車両の老朽化と、より性能の高い後継車両の登場です。E2系は1997年にデビューし、長きにわたって活躍してきましたが、製造から20年以上が経過し、置き換えの時期を迎えていました。
特に、上越新幹線では、後継車両であるE7系への統一が進められました。 E7系は、乗り心地や静粛性が向上しているほか、全席にコンセントが設置されるなど、車内設備の快適性が大幅に改善されています。 E7系に統一することで、サービス品質の向上が図られました。また、上越新幹線ではE7系への統一に伴い、最高速度が引き上げられ、所要時間が短縮されるというメリットも生まれています。
東北新幹線においても、E5系の増備によりE2系の置き換えが進められました。E5系は国内最高の営業運転速度を誇り、快適性や環境性能もE2系より優れています。2024年3月のダイヤ改正では、山形新幹線「つばさ」と連結する相手がE2系からE5系に変更されるなど、運用面での変化もありました。
このように、E2系は新幹線のサービス向上と効率的な運行体制の構築という大きな流れの中で、その役目を後継車両に引き継ぐことになったのです。
現在残っているE2系は、2010年に製造された最終増備グループ(J70~J75編成)のみとなっており、これらの車両もいずれは引退の時を迎えることになります。
「J66編成」と「N13編成」それぞれのラストラン
E2系の引退において、特に鉄道ファンの注目を集めたのが「J66編成」と「N13編成」です。これらはそれぞれ特徴的な編成であり、そのラストランは多くの人々の記憶に残りました。
【J66編成(200系カラー編成)】
J66編成は、鉄道開業150年と東北・上越新幹線開業40周年を記念して、2022年6月から初代東北・上越新幹線車両である200系のカラーリング(白地に緑の帯)を再現した特別な塗装で運行されていました。 この懐かしいカラーリングは多くのファンを喜ばせ、「リバイバルカラー」「復刻塗装」などと呼ばれ親しまれました。
このJ66編成は、2024年3月15日に定期運行を終了し、その引退はE2系全体の定期運行終了を象徴する出来事となりました。 JR東日本は、この編成の引退を記念し、東北新幹線と上越新幹線を直通で結ぶ特別な旅行商品を企画・販売しました。
【N13編成(長野新幹線「あさま」)】
N13編成は、長野新幹線(現:北陸新幹線)で「あさま」として活躍したN編成の最後の1編成です。赤い帯と「そよ風」をイメージしたロゴマークが特徴で、1997年の長野新幹線開業時から走り続けた、まさに「初代あさま」ともいえる車両でした。
E7系の登場により徐々に数を減らし、2015年12月には定期運用から離脱。その後は臨時列車として活躍を続けていましたが、2017年3月31日をもって完全に営業運転を終了しました。 ラストラン当日には、引退を惜しむ多くのファンが駅に駆けつけ、長年の活躍をねぎらいました。
【臨時列車】E2系のラストランイベントと特別運行

定期運行終了後も、E2系はその雄姿をファンの目に焼き付けるため、特別な臨時列車として運行されました。これらのイベントは、多くの人々にとってE2系との最後の思い出を作る貴重な機会となりました。ここでは、旅行商品として企画されたラストランツアーや記念グッズについてご紹介します。
旅行商品として運行された「ありがとうE2系」
E2系の引退を記念して、JR東日本グループの「JR東日本びゅうツーリズム&セールス」は、特別な旅行商品を企画・販売しました。これらのツアーは、単に乗車するだけでなく、特別な体験ができるように工夫されており、発売と同時に多くの申し込みが殺到しました。
代表的なものとして、200系カラーのJ66編成を使用した「集え!『鉄』人たち!7時間乗りっぱなしツアー! E2系200系カラーで行く盛岡発新潟行直通V字旅」が挙げられます。 このツアーは2024年3月2日に実施され、通常は直通運転を行わない東北新幹線の盛岡駅から上野駅を経由し、上越新幹線の新潟駅までを乗り換えなしで走るという、まさに特別なルートでした。
ツアーのポイントは以下の通りです。
- 特別な運行ルート:東北新幹線から上越新幹線へ直通する「V字」ルートを走行。
- ふるさとチャイムの放送:東北・上越新幹線開業当時に使用されていた懐かしの「ふるさとチャイム」を各駅で楽しめた。
- 普段は入線しないホームへの停車:ツアーならではの貴重な体験ができた。
- 特製掛け紙弁当:この旅行商品専用にデザインされた掛け紙のお弁当が提供された。
このような特別な企画は、長年E2系を愛してきたファンへの最高のプレゼントとなりました。参加者は、移り変わる車窓の風景とともに、E2系との最後の時間を心ゆくまで楽しんだことでしょう。
さよならE2系やまびこ|ラストランツアーの詳細
E2系の定期運行ラストランを飾ったのは、東北新幹線「やまびこ」としての運用でした。2024年3月15日の最終運行は、多くのファンにとって見逃せない瞬間であり、特別なツアーも組まれました。
前述の200系カラーJ66編成を使用した記念ツアーは、ラストランに向けた盛り上がりの中心となりました。このツアーは、ただ乗車するだけでなく、様々な趣向が凝らされていました。
| 企画名 | E2系200系カラーで行く盛岡発新潟行直通V字旅 |
|---|---|
| 出発日 | 2024年3月2日(土) |
| 行程 | 盛岡駅(10:50頃発)→ 上野駅(折り返し)→ 新潟駅(17:00頃着) |
| 募集人員 | 480名(先着順) |
| 旅行代金(大人1名) | 普通車:35,000円~50,000円 グリーン車:51,000円~60,000円 (参加人数により変動) |
| 発売箇所 | JR東日本びゅうツーリズム&セールス「日本の旅、鉄道の旅」ウェブサイト |
このツアーでは、約7時間という長時間をE2系に乗り続けられることが大きな魅力でした。 また、途中の小山駅では約30分間ホームに降りることができ、車両の撮影などを楽しむ時間も設けられました。
長野新幹線で活躍したE2系N編成の引退時にも、「ありがとうE2系あさま」と題したツアーが2017年3月25日に運行されており、こちらも多くのファンが参加しました。 このように、節目ごとに行われるラストランツアーは、ファンが車両との別れを惜しみ、感謝を伝える大切な場となっているのです。
ファン必見!記念グッズやイベント情報
E2系のラストランを記念して、様々なグッズが販売されたり、関連イベントが開催されたりしました。これらの記念品は、E2系の雄姿を永遠に記憶にとどめておきたいファンにとって、非常に価値のあるものです。
過去のラストランイベントでは、以下のような記念グッズが人気を博しました。
- 記念入場券セット
- クリアファイルやキーホルダー
- 実物の車両に使用されていた部品(オークション形式など)
- 記念弁当
- 鉄道模型(ラストラン仕様)
具体的なE2系のラストラン記念グッズに関する情報は、JR東日本の公式発表や関連ウェブサイトで随時公開されていましたが、特に200系カラーのJ66編成関連グッズは高い人気を集めました。
また、車両基地の公開イベントなどで、引退するE2系が展示されることもありました。こうしたイベントでは、普段は入れない運転席を見学できたり、車両を間近で撮影できたりと、ファンにとってはたまらない企画が盛りだくさんです。
現在、E2系の一部車両は保存されています。例えば、J14編成の先頭車(E224-127)が茨城県筑西市の「ザ・ヒロサワ・シティ」に保存されており、現役時代の姿を今でも見ることができます。 このように、引退後もその姿を見ることができる場所があるのは、ファンにとって嬉しい限りです。
ラストラン関連の情報は、JR東日本のプレスリリースや公式ウェブサイト、鉄道情報サイトなどで発表されることが多いため、今後他の車両の引退が発表された際にも、これらの情報をこまめにチェックすることをおすすめします。
E2系の輝かしい歴史と功績
1997年のデビューから四半世紀以上にわたり、日本の大動脈を支え続けたE2系。その足跡は、日本の新幹線の進化の歴史そのものと言っても過言ではありません。ここでは、E2系が歩んできた輝かしい歴史とその功績を振り返ります。
デビューから現在までの歩み
E2系は、1995年に先行試作車が登場し、1997年3月22日に東北新幹線「やまびこ」として営業運転を開始しました。 同年10月には、長野新幹線(現:北陸新幹線)が開業し、「あさま」としてもデビュー。200系の後継車両として、またJR東日本の標準型新幹線として、その歴史をスタートさせました。
E2系は、その後の新幹線の延伸とともに活躍の場を広げていきます。2002年の東北新幹線・八戸延伸時には、速達タイプの「はやて」として抜擢され、E3系「こまち」との併結運転で最高速度275km/hを記録しました。 この八戸延伸に合わせて増備されたのが「1000番台」と呼ばれる改良型で、側面窓が大型化されるなどの変更が加えられています。
その後、2010年の東北新幹線・新青森延伸時にも1000番台が増備されました。 この時に製造されたJ70~J75編成は、E5系の量産先行車よりも後に製造された車両で、フルカラーLEDの行先表示器や窓側席のコンセントなど、新しい設備が特徴です。
しかし、後継車両であるE5系やE7系の登場により、E2系は徐々にその役目を譲っていくことになります。2017年に北陸新幹線から、2023年に上越新幹線から定期運用を終了し、そして2024年3月、最後の活躍の場であった東北新幹線での定期運行にも幕を下ろしました。
デビューからラストランまで、日本の高速鉄道網の発展を最前線で支え続けたE2系。その功績は、これからも長く語り継がれていくことでしょう。
長野新幹線(北陸新幹線)の初代車両としての活躍
E2系の功績を語る上で欠かせないのが、長野新幹線(現:北陸新幹線)の初代営業車両としての活躍です。1997年10月1日、長野オリンピックの開催に合わせて開業した長野新幹線。その主役としてデビューしたのが、E2系N編成「あさま」でした。
長野新幹線には、他の新幹線にはない特有の条件がありました。
E2系は、これらの厳しい条件をクリアするために開発された、当時の最新技術の結晶でした。急勾配に対応するための抑速ブレーキや、設定した速度を維持する定速運転機能を搭載。 さらに、50Hzと60Hzの両方の周波数に対応する、新幹線初の車両でもありました。
E2系N編成は、赤い帯をまとい、側面に「そよ風」をイメージしたエンブレムが描かれているのが特徴でした。 開業から長年にわたり、首都圏と長野を結ぶ大動脈として走り続け、ビジネスや観光、そして多くの人々の暮らしを支えました。長野県民にとって、E2系は単なる新幹線車両ではなく、「長野新幹線」そのものとして親しまれてきた特別な存在だったのです。
東北新幹線での「はやて」としての最高速度記録
E2系は、長野新幹線だけでなく、東北新幹線においてもその性能を遺憾なく発揮しました。特に、2002年の東北新幹線・八戸延伸開業時にデビューした速達列車「はやて」での活躍は、E2系の歴史におけるハイライトの一つです。
「はやて」として運用されたE2系は、宇都宮~盛岡間で当時国内最速となる営業最高速度275km/hでの運転を実現しました。 これにより、東京と東北地方との時間的な距離が大幅に短縮され、地域の活性化に大きく貢献しました。
また、東北新幹線でのE2系の特徴として、秋田新幹線「こまち」用のE3系との併結(連結)運転が挙げられます。 東京~盛岡間は「はやて」と「こまち」が連結して走り、盛岡で切り離しを行うという運用スタイルは、新幹線の効率的な運行モデルを確立しました。このため、東北新幹線用のE2系(J編成)の先頭車には、E3系と連結するための自動分割併合装置が装備されています。
E2系は、設計上の最高速度は315km/hとされており、走行試験では362km/hという記録も持っています。 この高いポテンシャルが、後のE5系「はやぶさ」に代表される、さらなる高速化への礎を築いたのです。最高速度275km/hという記録は、単なる数字以上の意味を持ち、日本の新幹線技術の進化を象徴するものでした。
知っておきたいE2系の特徴と魅力
長年にわたり多くのファンに愛されてきたE2系。その魅力は、ただ速い、便利というだけではありません。洗練されたデザインや快適な乗り心地、そして編成ごとに見られる細かな違いなど、知れば知るほど奥深い魅力にあふれています。ここでは、E2系の特徴と魅力を詳しくご紹介します。
洗練されたデザインとカラーリング
E2系の外観は、その後のJR東日本の新幹線のベースとなる洗練されたデザインが特徴です。トンネル突入時の衝撃音(トンネル微気圧波)を軽減するためにデザインされた、少し丸みを帯びた流線形の先頭形状は、機能性と美しさを両立させています。
カラーリングは、飛雲ホワイト(上半分)と紫苑ブルー(下半分)を基調としていますが、帯の色と側面のロゴマークで運用される路線や編成を見分けることができます。
- N編成(元長野新幹線用):帯の色は真紅(赤)。ロゴマークは「そよ風」をイメージしたデザイン。
- J編成(東北・上越新幹線用):帯の色はつつじピンク。ロゴマークは「リンゴ」をイメージしたデザイン。
- J66編成(特別塗装):帯の色は緑。200系新幹線のカラーリングを復刻したもので、ロゴマークはありませんでした。
特に、J編成のつつじピンクの帯は、当初はN編成と同じ赤帯でしたが、2002年の「はやて」登場に合わせて変更されたという経緯があります。 これらのカラーリングやロゴマークは、E2系がどの路線で活躍してきたかを物語る、いわば「勲章」のようなものと言えるでしょう。シンプルながらも飽きのこないデザインと、路線ごとに個性を持たせたカラーリングが、E2系が長く愛され続けた理由の一つです。
快適な乗り心地を実現した技術
E2系の魅力はデザインだけではありません。乗客が快適に過ごせるための、当時の最先端技術が数多く投入されています。特に乗り心地の向上にかけるこだわりは、E2系の大きな特徴です。
その中心となったのが、アクティブサスペンションの採用です。サスペンションは、車体の揺れを抑えるための装置で、自動車などにも使われています。E2系では、先頭車両とグリーン車に、より高度な制御を行う「フルアクティブサスペンション」を、その他の中間車には「セミアクティブサスペンション」を搭載しました。
これにより、高速で走行している際の左右の揺れが効果的に抑えられ、乗客は安定した快適な乗り心地を体感することができます。 この技術は、高速で走る新幹線としては世界で初めて本格的に採用されたものでした。
さらに、車両と車両の連結部分には「車体間ダンパ」が装備されています。 これにより、カーブを走行する際などに発生する車体のねじれや揺れを低減し、乗り心地をさらに向上させています。
静粛性にも優れており、車内は落ち着いた空間が保たれています。これらの技術の組み合わせによって、E2系は長時間の乗車でも疲れにくい、快適な移動空間を実現していたのです。
編成ごとの違いと見分け方
一見すると同じように見えるE2系ですが、実は製造時期や投入された路線によって、いくつかのバリエーションが存在します。鉄道ファンならずとも、その違いを知ると乗車する際の楽しみが一つ増えるかもしれません。
E2系は大きく分けて、初期に製造された「0番台」と、2001年以降に製造された改良型の「1000番台」に分類されます。
【0番台と1000番台の主な違い】
| 0番台 | 1000番台 | |
|---|---|---|
| 側面の窓 | 座席1列ごとに1つの小窓 | 座席2列で1つの大窓 |
| パンタグラフ | ひし形(大型のカバー付き) | シングルアーム式 |
| 行先表示器 | 3色LED | 3色LED(後期製造車はフルカラーLED) |
外観で最も分かりやすい見分け方は、側面の窓の大きさです。窓が小さいのが0番台、大きいのが1000番台と覚えておくと良いでしょう。 現在、定期運行終了後も臨時列車などで運用されているのは1000番台の後期に製造された車両(J70~J75編成)です。 これらの編成は、行先表示器がフルカラーLEDになっているほか、窓側席にコンセントが設置されているのが特徴です。
また、編成の長さも異なります。長野新幹線用のN編成は8両編成、東北・上越新幹線用のJ編成は10両編成で運用されていました。 このように、細かな違いに注目してみると、E2系の奥深い世界を楽しむことができます。
E2系の後継車両と新幹線の未来
E2系が築き上げた歴史は、次世代の車両へと確かに受け継がれています。E2系の引退は、新幹線のさらなる進化に向けたステップでもあります。ここでは、E2系の後を継ぐ車両たちと、これからの新幹線が目指す未来について見ていきましょう。
主役交代!E7系・H5系への置き換え
E2系の後継として、各路線で主役の座を引き継いだのがE7系やE5系(およびJR北海道所有のH5系)です。
【E7系】
主に北陸新幹線と上越新幹線で活躍しているのがE7系です。日本の伝統美をテーマにした、落ち着きのあるアイボリーホワイトの車体に、空色と銅色の帯を配したデザインが特徴です。E2系が活躍した両路線では、このE7系への置き換えが進められ、上越新幹線は2023年3月に、北陸新幹線(旧長野新幹線区間)は2017年3月にE7系(JR西日本所有のW7系含む)に統一されました。 E7系は、揺れをさらに低減する最新の動揺防止制御装置を備えるほか、普通車を含めた全席にコンセントを完備するなど、快適性が大幅に向上しています。
【E5系・H5系】
東北新幹線・北海道新幹線で活躍するのがE5系と、その兄弟車両であるH5系です。鮮やかな「ときわグリーン」のカラーリングと、長い鼻(ロングノーズ)が特徴的な車両で、国内営業最高速度320km/hを誇ります。E2系が最後の活躍の場としていた東北新幹線でも、このE5系への置き換えが進められました。 E5系は、高速性能だけでなく、優れた環境性能や、グリーン車よりさらに上質な「グランクラス」を導入したことでも知られています。
これらの後継車両は、E2系が培ってきた技術や信頼性をベースに、速さ、快適性、環境性能といったあらゆる面で進化を遂げています。E2系からの主役交代は、新幹線が新たなステージへと進んだことを象徴しています。
これからの新幹線はどうなる?技術の進化
E2系の引退は一つの時代の終わりですが、新幹線の進化は止まりません。JR東日本では、次世代新幹線の開発が着々と進められています。その象徴が、試験車両である「ALFA-X(アルファエックス)」です。
ALFA-Xは、最高速度360km/hでの営業運転を目指して開発が進められており、さらなる高速化、安全性、快適性、環境性能の向上を追求しています。その開発で得られた技術は、将来の新型車両に活かされていきます。
JR東日本は、このALFA-Xで検証した技術を活用し、E2系およびE5系の後継となる新型車両「E10系」の設計に着手したと発表しています。 E10系は2030年度の営業運転開始を目指しており、以下のような特徴が挙げられています。
- さらなる安全性向上:地震対策として、脱線を防ぐための新たな技術や、ブレーキ距離を短縮する仕組みが導入されます。
- 快適な車内空間:Wi-Fi環境の改善や、全座席へのコンセント・USBポートの設置、座席間の仕切りによるプライベート感の向上などが図られます。
- バリアフリー環境の向上:車いすスペースの拡充など、誰もが利用しやすい車両を目指します。
これからの新幹線は、単に速く移動する手段であるだけでなく、移動中も快適で質の高い時間を過ごせる空間へと進化していくことが期待されます。
E2系の技術が受け継がれていること
E2系は路線から姿を消しつつありますが、その技術と功績が消え去るわけではありません。E2系が実用化した数々の技術は、現在の最新型新幹線にも脈々と受け継がれています。
例えば、E2系が本格採用したアクティブサスペンションによる乗り心地向上の思想は、E5系やE7系ではさらに進化した形で搭載されています。 また、長野新幹線で実現した急勾配や周波数切り替えへの対応技術は、多様な路線環境で安定した走行を可能にするための貴重なノウハウとして蓄積されました。
ミニ新幹線との併結運転も、E2系が長年にわたって行ってきたことで、よりスムーズで信頼性の高いシステムへと磨き上げられました。 現在、E5系がE3系やE8系と併結して走る姿が見られるのも、E2系が築いた土台があってこそです。
E2系は、200系の後継として登場し、次世代のE5系やE7系へとバトンをつなぐ、まさに「橋渡し」の役割を担った車両でした。 その設計思想や運用で得られた経験は、見えない形で現在の、そして未来の新幹線の中に生き続けているのです。E2系という名車両があったからこそ、日本の新幹線は今も世界トップレベルの技術を誇っていると言えるでしょう。
ありがとうE2系!ラストランを迎えた名車両の記憶

1997年のデビュー以来、約27年間にわたり日本の大動脈を支え続けたE2系新幹線。2024年3月15日、多くのファンに惜しまれながら定期運行のラストランを迎えました。
長野新幹線初の営業車両として急勾配と周波数の壁を乗り越え、東北新幹線では「はやて」として最高速度275km/hを記録するなど、その功績は計り知れません。 後継車両であるE5系やE7系が登場したことで、その役目を終えることになりましたが、E2系が実用化したアクティブサスペンションによる快適な乗り心地や、併結運転のノウハウは、現在の最新車両にも確かに受け継がれています。
特に、200系カラーを復刻したJ66編成のラストランは、多くの人々の心に深く刻まれました。 定期運行は終了しましたが、E2系が駆け抜けた姿、そして私たちの多くの思い出は、これからも色褪せることはありません。その功績と記憶は、新幹線の歴史の1ページとして、これからも語り継がれていくことでしょう。



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