鉄道ファンならずとも、多くの人々の記憶に残る「ブルートレイン」。その中でも、特別な存在感を放つ食堂車がオシ24 701です。
この車両は、もともと24系客車として新製されたオシ24 1を、国鉄末期の1986年にグレードアップ改造して誕生しました。 「あさかぜ1・4号」に連結され、「星空バー」という愛称で親しまれた内装は、当時の国鉄の新たなサービスへの意気込みを感じさせるものでした。
その後は寝台特急「出雲」などで活躍し、多くの乗客にディナータイムの楽しいひとときを提供しました。 この記事では、オシ24 701がどのような車両だったのか、その誕生の背景から特徴、輝かしい活躍の歴史、そして現在の姿まで、詳しく丁寧に解説していきます。
オシ24 701とは?基本情報を押さえよう
まずは、オシ24 701がどのような車両なのか、基本的な情報から見ていきましょう。ブルートレインの一員として、どのような役割を担っていたのでしょうか。
尾久車両センターに所属する寝台特急出雲用の24系客車(オシ24 701)。
北斗星用の客車2両が解体処分され最後のブルートレインとなりましたが屋根が茶色く変色し錆と色褪せも酷し。
ボロボロのまま放置かね?
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大宮にいる山手線の205系(クハ205-1など2両)をニューシャトルから確認・・すげぇ! pic.twitter.com/s08sOlFXTx
— えぬ (@Cocoa_189_510) March 29, 2025
24系客車に組み込まれた食堂車
オシ24 701は、国鉄が製造した24系寝台客車の一員です。24系客車は、青い車体にクリーム色の帯が特徴で、「ブルートレイン」の愛称で親しまれた夜行寝台特急に使用された車両群です。
「オシ24」という形式名は、車両の種類や設備を表しています。「オ」は車両重量が37.5トン以上42.5トン未満の客車、「シ」は食堂車を意味します。つまり、オシ24は「24系客車グループに属する食堂車」ということになります。
オシ24 701のルーツは、1973年(昭和48年)に新潟鐵工所で製造されたオシ24 1です。 当初は「あかつき」や「彗星」といった寝台特急で活躍し、その後、品川客車区(当時)に転属して九州方面へのブルートレインに連結されました。 長い夜行列車の旅において、温かい食事を提供し、乗客にくつろぎの空間を与えるという重要な役割を担っていたのです。
改造によって生まれた特別な存在
オシ24 701の最大の特徴は、単なる食堂車ではなく、大規模な改造によって生まれ変わった特別な車両である点です。1986年(昭和61年)、国鉄は利用者のニーズの変化に対応するため、寝台特急「あさかぜ1・4号」のグレードアップを計画しました。 この計画の一環として、白羽の矢が立ったのがオシ24 1でした。
大宮工場で実施された改造は、内外装に及びました。内装は「星空バー」をコンセプトに、メタリックな色調でまとめられ、天井は間接照明になるなど、従来の国鉄車両のイメージを覆す豪華な仕様となりました。 また、一部のテーブル席を撤去してソファースペースを設けるなど、食事だけでなく、くつろぎの空間としての機能も強化されました。 この改造により、形式番号も新たに「701」が付与され、オシ24 701が誕生したのです。 この車両は、国鉄が分割民営化を目前に控え、サービス向上に力を入れていた時代を象徴する存在と言えるでしょう。
他のオシ24やスシ24との違い
24系には、オシ24 701以外にも食堂車が存在しました。代表的なものが、同じく0番台から改造された700番台の仲間や、特急電車用の食堂車から改造されたスシ24形500番台です。
オシ24 701を含む700番台は、もともとが24系客車として製造されたため、車体の構造や寸法は他の24系客車と統一感があります。 これに対し、寝台特急「北斗星」などで活躍したスシ24形は、485系・489系特急電車用の食堂車(サシ481形・サシ489形)から改造された車両です。 そのため、車体の断面形状が客車と電車で異なり、屋根の高さが低く、冷房装置の形も違うなど、外観に大きな特徴がありました。 編成に組み込まれた際に一目で違いがわかる、ユニークな存在でした。
オシ24 701の内装が「星空バー」風だったのに対し、他の700番台にはオリエント急行をイメージした内装の車両も存在し、それぞれに個性がありました。 このように、同じ食堂車でも出自や改造内容によって様々なバリエーションがあったのが、国鉄末期からJR初期の面白い点です。
オシ24 701の特徴的な車内空間
「星空バー」と称されたオシ24 701の車内は、どのような空間だったのでしょうか。ここでは、乗客を魅了したその特徴的な構造について詳しく見ていきます。
パブラウンジ風の豪華な食堂スペース
オシ24 701の最大の魅力は、なんといってもその豪華な食堂スペースです。 改造にあたり、コンセプトは「パブラウンジ」とされ、メタリックな色調の内装に一新されました。 天井には間接照明が採用され、落ち着いた大人の雰囲気を演出。床や化粧板も張り替えられ、従来の食堂車のイメージとは一線を画す、洗練された空間が広がっていました。
座席の配置も特徴的です。通常の4人掛けテーブル席に加え、車端部にはコーナータイプのボックスシートが設けられました。 これにより、単に食事をするだけでなく、乗客が歓談したり、窓の外の景色を眺めながらくつろいだりできるラウンジとしての機能も持たせていたのです。この豪華な内装は、国鉄が民営化を前にして、新しい時代の鉄道サービスを模索していたことの表れでもありました。
機能性が追求された厨房設備
豪華な客席を支えていたのが、機能的に設計された厨房(キッチン)です。限られたスペースの中で、本格的なディナーコースから軽食、ドリンクまで、多様なメニューを提供するための設備が効率よく配置されていました。
オシ24形は、もともと14系客車の食堂車オシ14形をベースに設計されており、厨房のレイアウトもそれを踏襲しています。 火災対策として、棚やテーブルなどが金属製に変更されるなど、安全面にも配慮がなされていました。 揺れる車内で調理を行うため、コンロや調理台には様々な工夫が凝らされています。食材の保管冷蔵庫、食器洗浄機、オーブンなど、レストランさながらの設備が整っていました。こうした厨房スタッフの努力があってこそ、乗客は優雅なディナータイムを楽しむことができたのです。
BGMサービスと放送設備
オシ24 701への改造では、乗客へのサービス向上策として、音響設備も充実させられました。 喫煙室にオーディオ装置が設置され、食堂や個室寝台に向けてBGMやニュースなどを放送できるサービスが導入されたのです。
これにより、食事をしながら心地よい音楽を楽しんだり、最新のニュースを聞いたりすることが可能になりました。夜行列車の長い移動時間において、こうした細やかなサービスは乗客にとって嬉しいものでした。単に食事を提供する場から、情報提供やエンターテイメントの機能も備えた空間へと進化した点も、オシ24 701の特筆すべきポイントです。この試みは、後の豪華寝台特急「北斗星」などにも引き継がれていきました。
オシ24 701の輝かしい運用履歴
華々しくデビューを飾ったオシ24 701は、その後どのような活躍を見せたのでしょうか。その栄光の歴史を振り返ります。
デビューは寝台特急「あさかぜ1・4号」
オシ24 701が最初に投入されたのは、東京と博多を結ぶ寝台特急「あさかぜ1・4号」でした。 1986年(昭和61年)11月のダイヤ改正に合わせて行われたグレードアップの一環で、個室寝台車などとともに編成に組み込まれました。
「星空バー」と称されたモダンな内装は、当時のブルートレインの中でも際立った存在であり、多くの鉄道ファンや利用者の注目を集めました。 この列車は、国鉄分割民営化を目前にした国鉄の「本気」を示すフラッグシップ的存在であり、オシ24 701はその象徴ともいえる車両でした。しかし、後にオリエント急行風の内装に改造された別のオシ24(704・705号)が「あさかぜ」専用となったため、オシ24 701は新たな活躍の場へと移ることになります。
寝台特急「出雲」での長年の活躍
「あさかぜ」での活躍の後、オシ24 701は主に東京と出雲市・浜田を結ぶ寝台特急「出雲」に連結されるようになりました。 1994年に尾久客車区(現在の尾久車両センター)に転属し、2006年3月に「出雲」が廃止されるまで、長きにわたって山陰路を走り続けました。
しかし、時代の流れとともに食堂車の利用者は減少し、1991年(平成3年)6月には食堂営業が休止されてしまいます。 その後は食堂としての設備は残しつつも、フリースペースのロビーカーとして使用されることになりました。 それでも、乗客が集い、語らう場として、旅の思い出作りに貢献し続けたのです。
「出雲」廃止後、オシ24 701は営業運転から引退し、尾久車両センターで保留車として長期間留置されることになります。
引退後の動向と現在の状況
2006年の「出雲」廃止で定期運用を失ったオシ24 701は、廃車されることなくJR東日本の尾久車両センターで保管され続けました。 時折イベントなどで展示されることもありましたが、基本的には静かな余生を送っていました。
同じく尾久車両センターには、「北斗星」で活躍したスシ24 506やオハネフ25 14といった他の24系客車も留置されていましたが、これらの車両は2025年2月に残念ながら廃車・解体されてしまいました。 これにより、車籍が残る青い車体の24系寝台客車は、オシ24 701が最後の1両となりました。
そのオシ24 701も、2025年7月頃に建屋内へ移動したことが確認されており、今後の動向が注目されています。 長年にわたりブルートレインの歴史を見つめてきた貴重な1両として、その去就が多くのファンによって見守られています。
オシ24 701の車歴まとめ
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1973年 | 新潟鐵工所にてオシ24 1として製造 |
| 1986年 | 大宮工場にて改造、オシ24 701となる。「あさかぜ1・4号」で運用開始 |
| 1994年 | 尾久客車区へ転属。「出雲」などで運用される |
| 2006年 | 寝台特急「出雲」廃止に伴い定期運用を終了 |
| 2006年以降 | 尾久車両センターにて保留車として留置 |
鉄道模型の世界で楽しむオシ24 701

実車に触れる機会は少なくなりましたが、オシ24 701の魅力は鉄道模型の世界で今も生き続けています。多くの鉄道模型メーカーから製品化されており、手元でその姿を再現することができます。
Nゲージで再現する往年の編成
日本の鉄道模型で最もポピュラーなNゲージ(線路の幅が9mmの縮尺1/150スケールモデル)でも、オシ24 701は人気の高い車両です。大手鉄道模型メーカーから製品化されており、寝台特急「あさかぜ」や「出雲」の編成を再現するための重要なピースとしてラインナップされています。
模型では、特徴的な「星空バー」の内装が再現されている製品もあり、テーブルランプが点灯するギミックが盛り込まれているものもあります。こうした模型を手にすることで、自分が乗客になった気分で、往年のブルートレインの旅に思いを馳せることができます。機関車や他の客車と組み合わせて、自分だけのブルートレイン編成を走らせるのは、鉄道模型の大きな楽しみの一つです。
HOゲージの迫力とディテール
より大きなサイズのHOゲージ(線路の幅が16.5mmの縮尺1/87スケールモデル)でも、オシ24 701は製品化されています。HOゲージはNゲージよりもサイズが大きいため、より細部のディテールが作り込まれており、迫力も満点です。
車体の標記類や、窓から見える内装の作り込みは、実車さながらのリアリティを追求しています。価格はNゲージよりも高価になりますが、その存在感と満足度は非常に高いものがあります。じっくりと車両を眺めたり、ジオラマの中に置いて情景を楽しんだりするのに最適なモデルと言えるでしょう。
模型で見る改造前後の違い
鉄道模型の面白い点の一つに、改造前と改造後の姿を比較できることがあります。オシ24 701の場合、改造前の「オシ24 1」としての姿と、改造後の「オシ24 701」としての姿、両方が模型化されていることがあります。
これらを並べてみることで、外観の塗装や窓の配置、内装の雰囲気などがどのように変わったのかを立体的に理解することができます。また、「あさかぜ」時代の編成と「出雲」時代の編成を作り分けるなど、時代設定に応じた楽しみ方ができるのも模型ならではの魅力です。文献や写真だけではわからない車両の変遷を、模型を通じて深く知ることができるのです。
まとめ:ブルートレインの記憶を伝える食堂車オシ24 701

この記事では、ブルートレインの食堂車オシ24 701について、その誕生から特徴、活躍の歴史、そして現在の姿までを詳しく解説しました。
オシ24 1からのグレードアップ改造によって生まれたこの車両は、国鉄末期のサービス向上への意気込みを象徴する存在でした。 「星空バー」と称された豪華な内装は、多くの乗客に特別な旅の思い出を提供し、「あさかぜ」や「出雲」といった名門列車で活躍しました。
定期運用を終えた後も、最後の青い24系客車として尾久車両センターでその姿をとどめ、私たちにブルートレインが輝いていた時代を語りかけてくれています。 その姿は、鉄道模型の世界でも生き続けており、今なお多くのファンに愛されています。オシ24 701は、単なる食堂車ではなく、日本の鉄道史の一時代を彩った、記憶に残る名車と言えるでしょう。



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