JR東日本初の新形式特級電車として、常磐線を颯爽と駆け抜けた651系「スーパーひたち」。
「タキシードボディのすごいヤツ」というキャッチコピーと共に、平成の幕開けと共に登場し、多くの鉄道ファンや利用者に愛されてきました。 2023年3月に定期運用を終え、その後の動向が注目されていましたが、「651系を保存してほしい」という声も多く聞かれます。
しかし、残念ながら現在、公式に博物館などで静態保存されている651系の車両は存在しません。引退した車両の多くは、順次解体が進められています。 なぜ栄光の名車は保存されないのでしょうか?この記事では、651系の保存に関する最新の状況、車両の魅力や歴史を振り返りながら、保存が難しい理由と今後のわずかな可能性について、詳しく解説していきます。
651系保存の現状と今後の可能性
多くのファンが保存を願う651系ですが、その道のりは平坦ではありません。ここでは、引退後の車両がたどった道のりと、保存の現状、そして未来について見ていきましょう。
保存車両はゼロ?解体が進む現状
2023年3月の定期運用引退後、651系は臨時列車などでの活躍もなく、順次廃車・解体が進められました。 2023年10月25日には、最後まで残っていたOM201編成が郡山総合車両センターへ廃車回送され、これをもって651系は「形式消滅」となりました。
JR東日本初の特急車両という記念碑的な存在でありながら、鉄道博物館などで公式に保存されている車両は現在ありません。 観光列車として活躍した「伊豆クレイル」も2020年に引退後、長野総合車両センターで解体されています。 ファンからは保存を望む声が多く上がっていましたが、その願いは届かず、多くの車両が鉄くずとなって姿を消していきました。 このように、栄光の歴史とは裏腹に、引退後の現実は非常に厳しいものとなっています。
最後の望み?1両だけ残るトップナンバー
全車両が解体されたと思われていましたが、実はごくわずかな希望が残されています。最後に廃車回送されたOM201編成のうち、先頭車である「クハ651-1001」のみ、車籍を残したまま郡山総合車両センターで保管されているとの情報があります。
この車両は、1988年に製造されたトップナンバー(最初に製造された車両)を改造したものであり、歴史的価値が特に高い1両です。 通常、解体する車両の車籍はすぐに抹消されるため、この異例の措置は「保存に向けた動きではないか?」とファンの間で大きな話題となっています。 JR東日本は公式な発表をしていませんが、この1両が将来的に何らかの形で保存される可能性がゼロではない、最後の望みと言えるかもしれません。
過去には、JR東日本の201系や583系なども、一部の車両が車籍を残したまま長期間保管された例があります。 これらが必ずしも保存に繋がったわけではありませんが、特別な扱いを受けていることは確かです。
なぜ公式な保存が実現しないのか?
JR東日本初の特急車両で、ブルーリボン賞も受賞したほどの記念碑的な車両でありながら、なぜ公式な保存が発表されないのでしょうか。 これには、いくつかの複合的な理由が考えられます。
第一に、車両保存には莫大なコストがかかるという現実があります。車両を維持するための土地の確保、雨風から守る建屋の建設、定期的な塗装や補修といったメンテナンス費用は、決して安くありません。
第二に、651系が持つ技術的な特殊性が挙げられます。651系は直流区間と交流区間の両方を走れる「交直流電車」であり、屋根の上には変圧器や遮断器といった複雑で大型な機器が多数搭載されています。 これらの機器は構造が複雑で、メンテナンスが難しく、保存のハードルを上げる一因となっていると考えられます。
そして、鉄道会社には保存できる車両の数に限りがあり、どの車両を後世に残すかという選択を迫られます。歴史的価値や技術的意義、ファンの人気など様々な要素が考慮されますが、残念ながら現時点では651系は公式な保存対象にはなっていないのが現状です。
一時代を築いた名車・651系の魅力
なぜこれほどまでに651系はファンに愛され、保存が望まれるのでしょうか。その理由は、単に古い車両だからというだけではありません。ここでは、651系が持つ色褪せない魅力を振り返ります。
JR東日本初の新形式特急「スーパーひたち」
651系は、国鉄が分割民営化されJR東日本が発足してから、初めて自社で開発・製造した特急形電車です。 1989年(平成元年)3月、「スーパーひたち」として常磐線で華々しくデビューしました。
それまで主流だった国鉄時代の485系特急電車からデザインも性能も一新し、在来線特急として初めて最高速度130km/hでの営業運転を実現しました。 これにより、上野〜水戸間の所要時間を大幅に短縮し、高速バスなど他の交通機関に対する競争力を一気に高めました。 まさに、新しい「JRの時代」の幕開けを象徴する存在だったのです。その功績が評価され、1990年には鉄道友の会が選定する「ブルーリボン賞」を受賞しました。
鉄道愛好家団体「鉄道友の会」が、前年に営業運転を開始した新型車両の中から、最も優秀と認めた車両に贈る賞です。デザイン、技術、快適性などが総合的に評価され、鉄道車両にとって最高の栄誉の一つとされています。
「タキシードボディ」と称された洗練されたデザイン
651系の最大の魅力の一つが、その美しいデザインです。従来の特急車両のイメージを覆す、乳白色(ミルキーホワイト)を基調とした車体に、窓周りと屋根をグレーで引き締めたカラーリングは、「タキシードボディ」という愛称で親しまれました。
流線型の先頭形状と、大きく輝くLED式のヘッドマークも非常に画期的で、当時の子どもたちにとっては憧れの的でした。 このヘッドマークは、列車名だけでなく号数や行き先も表示できる多機能なもので、デザイン性と実用性を兼ね備えていました。 国鉄時代からの伝統を受け継ぎつつも、未来を感じさせるそのスタイルは、まさにJR東日本の新しい「顔」と呼ぶにふさわしいものでした。
快適性を追求した画期的な車内設備
651系の革新性は、外観だけに留まりませんでした。車内設備も当時の最先端を行くもので、乗客へのサービス向上にかけるJR東日本の意気込みが感じられました。
普通車でも座席の前後間隔(シートピッチ)が970mmと広めに取られ、ゆったりとしたリクライニングシートが並びました。 各座席には読書灯が設置され、客室の両端にはLED式の車内案内表示器が設置されるなど、きめ細かな配慮がなされていました。 さらに、グリーン車では座席が1列+2列の3列配置で、より一層のくつろぎ空間を提供。 デビュー当時には、グリーン車で衛星放送が楽しめる液晶テレビが設置されるなど、まさに「スーパー」の名に恥じない豪華な設備を誇っていました。
常磐線から高崎線へ〜651系の活躍の歴史〜

約34年間にわたる活躍の中で、651系は常磐線だけでなく、様々な路線でその姿を見せてくれました。デビューから引退までの輝かしい足跡をたどります。
常磐線特急「スーパーひたち」としての栄光
1989年から2013年までの約24年間、651系は常磐線のエースとして君臨し続けました。 主に速達タイプの「スーパーひたち」として、上野と水戸、いわき、さらには仙台を結び、ビジネスや観光の足として首都圏と東北地方をつなぐ大動脈を支えました。
7両の基本編成と4両の付属編成があり、需要に応じて柔軟に連結・切り離しができるのも特徴でした。 例えば、上野〜仙台間の列車では、いわき駅で付属編成を切り離し、身軽になった7両編成で仙台へ向かうといった効率的な運用が行われていました。 常に常磐線の主役であり続けたこの時代は、651系にとって最も輝かしい日々だったと言えるでしょう。
高崎線特急での第二の人生
2013年、後継車両であるE657系の登場により、651系は常磐線の定期運用から退きました。 しかし、その歴史はまだ終わりませんでした。多くの車両は、高崎線系統で活躍していた185系を置き換えるため、大宮総合車両センターへ転属。
この際、直流区間専用で走るための改造が施され、新たに「1000番台」という区分になりました。 車体の窓下には湘南色をイメージしたオレンジ色の帯が追加され、見た目の印象も少し変わりました。 2014年からは、特急「あかぎ」「スワローあかぎ」「草津」(現在の「草津・四万」)として第二の人生をスタートさせ、首都圏と群馬県の温泉地などを結ぶ特急として、2023年3月まで活躍を続けました。
臨時列車・普通列車としての多彩な活躍
定期運用以外でも、651系は様々な場面で活躍しました。常磐線から引退した後も一部の車両は波動用(臨時列車用)として残り、お座敷列車「ゆう」の代わりを務めたり、東海道線や川越線など、普段は走らない路線へ乗り入れたりすることもありました。
特筆すべきは、2017年から2020年までの間、福島県内の常磐線(いわき〜富岡・竜田間)で普通列車として運行されたことです。 これは東日本大震災で被災した区間の復旧に伴う暫定的な措置でしたが、かつての特急車両に普通乗車券だけで乗れるとあって、鉄道ファンから大きな注目を集めました。 特急から普通列車まで、その時々のニーズに応えて走り続けたことも、651系の大きな功績です。
まとめ:栄光の記憶と共に~651系保存の未来~

この記事では、多くのファンに愛された651系の保存状況について解説しました。
残念ながら、2023年の引退後、ほとんどの車両が解体され、現時点で公式に保存されている車両はありません。 しかし、トップナンバーである「クハ651-1001」が1両だけ車籍を残して保管されているという情報もあり、これが将来の保存に向けたわずかな希望となっています。
JR東日本初の特急車両として、美しい「タキシードボディ」で常磐線を駆け抜け、後年は高崎線でも活躍した651系。その輝かしい功績と、私たちの心に残した思い出は、車両がなくなっても色褪せることはありません。公式な保存が実現するかは不透明ですが、多くの人々の記憶の中で、名車651系はこれからも走り続けることでしょう。


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