日本の鉄道史において、多くの人々の足として活躍した国鉄115系電車。その中でも「クモハ115-1030」という一つの車両にスポットライトを当ててみましょう。
この車両は、1978年(昭和53年)に製造されて以来、主に高崎地区のローカル線で活躍し、多くの乗客の日常を支え続けました。 緑とオレンジの「湘南色」をまとい、日本の原風景ともいえる景色の中を走り抜ける姿は、多くの鉄道ファンに愛されてきました。長い現役生活を終えた後も、その存在は注目され続け、JR東日本に残る最後の115系として特別な意味を持つようになります。
この記事では、クモハ115-1030がどのような車両で、どんな歴史を歩んできたのか、そしてその最後の姿について、初心者の方にも分かりやすく解説していきます。
クモハ115-1030とは?その誕生から引退まで
クモハ115-1030は、国鉄が製造した近郊形電車115系の一員です。まずは、この車両がどのような特徴を持ち、どのような経歴をたどったのかを見ていきましょう。
国鉄115系電車の一員として誕生
クモハ115-1030は、1978年3月6日に川崎重工で製造された、国鉄115系電車の一両です。
そもそも115系電車とは、主に山岳地帯の勾配区間や寒冷地での運用を想定して設計された近郊形電車です。1963年に登場して以来、長きにわたり日本の地方交通を支えてきました。
車両形式の「クモハ」は、以下のような意味を持っています。
「モ」:モーターが付いている電動車 (Motor)
「ハ」:普通車 (旧三等車「ハ」に由来)
つまり、「クモハ」は「運転台付きの普通電動車」を指し、編成の先頭に立って走ることができるモーター付きの車両ということです。クモハ115-1030は、まさにそんな役割を担う車両として、国鉄時代にそのキャリアをスタートさせました。
製造当初は新前橋電車区に配置され、その後JR東日本に継承されてからも高崎車両センターに所属し、高崎地区のローカル輸送で活躍を続けました。
1000番台ならではの特徴とは?
クモハ115-1030の「1030」という数字のうち、「1000」の部分は「1000番台」というグループに属することを示しています。115系の1000番台は、1977年から製造が開始されたグループで、それまでの車両に比べていくつかの改良が加えられています。
最大の特徴は、耐寒耐雪構造の強化です。 上越線や信越本線といった豪雪地帯での運用を考慮し、モーターを冷却するための空気取り入れ口の構造を変更したり(雪切室の設置)、客用ドアが半自動(手で開閉できる)に対応していたりといった工夫が凝らされています。
また、乗客にとって嬉しい変更点もありました。それは、座席のシートピッチ(前後間隔)が拡大されたことです。 これにより、ボックスシートの居住性が大幅に向上し、長時間の乗車でも快適に過ごせるようになりました。この改良は「シートピッチ改善車」と呼ばれ、以降の国鉄近郊形電車の標準仕様となっていきました。
高崎地区での活躍とT1040編成
クモハ115-1030は、製造から引退まで一貫して高崎エリアを拠点としていました。 具体的には、両毛線、上越線、信越本線、吾妻線などで活躍し、地域の人々の通勤・通学の足として親しまれました。
この車両は、晩年には高崎車両センター所属の「T1040編成」という3両編成の一員として運行されていました。 T1040編成は、高崎地区に残る115系の中でも、原型に近い内装を保った「未更新車」として知られ、鉄道ファンからの人気が高い編成でした。
緑とオレンジの「湘南色」をまとったT1040編成が、群馬の山々を背景に走る姿は、多くの人々の記憶に残っています。しかし、後継車両である211系の導入に伴い、高崎地区の115系は徐々に活躍の場を狭めていき、T1040編成も2018年頃に定期運用を離脱しました。
外観と塗装の歴史

鉄道車両の印象を大きく左右するのが、そのカラーリングです。クモハ115-1030がまとってきた「湘南色」には、どのような歴史があるのでしょうか。新潟地区で活躍した仲間たちとの比較も交えながら、その外観の変遷をたどります。
デビューから一貫してまとった「湘南色」
クモハ115-1030は、デビューから引退まで、緑2号と黄かん色のツートンカラー、通称「湘南色」で塗装されていました。 この塗装は、もともと東海道本線を走る80系電車に採用されたのが始まりで、沿線の特産品であるミカンをイメージしたものだと言われています。
115系のような近郊形電車の標準的な塗装として全国に広まり、特に首都圏や高崎、岡山地区などで広く見られました。暖かみのあるこの配色は、日本の風景によく馴染み、多くの人にとって「電車の色」として親しまれてきました。
ちなみに、よく似た車両形式である113系電車も湘南色をまとっていますが、先頭車両の塗り分け方が少し異なります。これは、運用上の識別のためにデザインが変更されたと言われています。
クモハ115-1030は、晩年までドアの窓を固定するHゴム(断面がH型のゴム)が灰色のままであり、黒色に交換された他の多くの車両とは異なる、貴重な姿を保っていました。
地域で変わるカラーリング「新潟色」との比較
クモハ115-1030自身は経験しませんでしたが、同じ115系1000番台が活躍した新潟地区では、地域独自の様々なカラーリングが見られました。 当初は湘南色で投入された新潟の115系も、JR化後はオリジナルの塗装に変更されていきました。
| 塗装の通称 | 色の組み合わせ | 特徴 |
|---|---|---|
| 一次新潟色 | 白地に赤と青の帯 | 新潟地区で最初に見られたオリジナルカラー。 |
| 二次新潟色(懐かしの新潟色) | 白地に緑の濃淡の帯 | 最も長く親しまれた新潟色。通称「キムワイプ」とも呼ばれました。 |
| 三次新潟色(リニューアル色) | 白地に青の濃淡の帯 | 車両のリニューアル工事に合わせて登場したカラーリングです。 |
| 弥彦色 | クリーム色に黄と赤の帯 | 弥彦線の専用車両に見られたレトロな雰囲気の塗装です。 |
このように、同じ形式の車両でも、活躍する地域によって全く異なる表情を見せるのが鉄道の面白いところです。高崎で一筋に湘南色を守り続けたクモハ115-1030と、時代や路線によって多彩な姿を見せた新潟の仲間たちは、好対照な存在と言えるでしょう。
ファンの記憶に残る国鉄時代の姿
近年、各地の鉄道会社では、引退が近い車両などを往年のカラーリングに戻す「リバイバル塗装」が人気を博しています。新潟地区でも、引退間近の115系が湘南色に戻され、大きな話題となりました。
これは、国鉄時代から走り続けてきた115系と、その象徴である湘南色がいかに多くの人々に愛されているかの表れです。クモハ115-1030は、リバイバルではなく、製造時から一貫して湘南色をまとい続けたという点で、非常に貴重な存在でした。
その姿は、国鉄時代の鉄道風景を今に伝える生き証人であり、多くのファンがその最後の活躍を見守りました。定期運用を離脱した後も、その動向は常に注目の的となり、一つの車両が持つ歴史の重みを私たちに教えてくれました。
現役引退、そして新たな道へ
多くのファンに惜しまれつつ定期運用を終えたクモハ115-1030。しかし、その物語はまだ終わりませんでした。引退後、長野での長い留置期間を経て、この車両には意外な未来が待っていました。
定期運用からの離脱と長野への回送
2018年、後継車両の導入に伴い、クモハ115-1030を含むT1040編成は高崎地区での定期運用を終了しました。役目を終えた車両の多くは廃車・解体されてしまいますが、T1040編成は長野総合車両センターへと回送され、しばらくの間保管されることになります。
長野総合車両センターの片隅に留め置かれたその姿は、今後の処遇がどうなるのか、多くの鉄道ファンの間で様々な憶測を呼びました。一時は保存を目的とした団体の動きもありましたが、実現には至りませんでした。
時間が経つにつれ、編成の他の2両は解体されてしまいましたが、クモハ115-1030だけは車籍を残したまま、静かにその時を待っていました。 JR東日本に在籍する最後の115系として、その存在は特別な意味を持ち続けていたのです。
JR東日本115系の形式消滅と車両の譲渡
長らく留置が続いていたクモハ115-1030ですが、2025年1月17日付でついに除籍(廃車)となりました。 これにより、国鉄時代から日本の鉄道を支えてきた115系は、JR東日本の営業用車両から完全に姿を消す「形式消滅」という、一つの歴史の節目を迎えました。
しかし、これで終わりではありませんでした。なんと、クモハ115-1030は青梅鉄道公園へ譲渡されることが決定したのです。 青梅鉄道公園は、鉄道開業150周年事業の一環としてリニューアルが進められており、その新たな展示車両として白羽の矢が立ったのです。
長年の留置は、解体を待つためではなく、安住の地への旅立ちに向けた準備期間だったのです。このニュースは多くのファンを喜ばせ、歴史的な車両が後世に伝えられることへの期待が寄せられました。
青梅鉄道公園での保存と新たな装い
2025年6月、クモハ115-1030は長野総合車両センターから青梅鉄道公園へと陸路で輸送されました。 ファンの前に再び姿を現したその姿は、誰もが予想しないものでした。
長年親しまれた緑とオレンジの湘南色ではなく、青とクリーム色の「横須賀色(スカ色)」に塗り替えられていたのです。
青梅鉄道公園のリニューアルコンセプトは「中央線・青梅線の鉄道の歴史を伝える学びの場」です。 115系はかつて中央本線でも主力車両として活躍しており、その当時にまとっていた横須賀色は、まさにこのコンセプトに合致する姿と言えます。
クモハ115-1030自身は高崎で湘南色として生涯を送りましたが、保存にあたり、115系という形式が持つもう一つの重要な歴史を体現する姿へと生まれ変わったのです。今後は青梅鉄道公園の新たなシンボルとして、多くの人々に鉄道の魅力を伝えていくことでしょう。
まとめ:多くのファンに愛されたクモハ115-1030の魅力

国鉄時代末期の1978年に誕生したクモハ115-1030は、耐寒耐雪性能と居住性を向上させた1000番台として、その生涯のほとんどを高崎地区のローカル輸送に捧げました。 緑とオレンジの湘南色をまとい、日々の暮らしを支え続けたその姿は、多くの人々の記憶に刻まれています。
2018年に現役を引退した後も、JR東日本最後の115系として注目を集め続け、長い留置期間を経て、2025年に青梅鉄道公園での保存が決定しました。 保存にあたり、中央線の歴史を伝える横須賀色へと姿を変えましたが、それはこの車両が新たな役割を得て、未来へとその歴史をつないでいくことの証です。
クモハ115-1030の歩みは、日本の鉄道が歩んできた一つの時代を象徴しています。公園を訪れた際には、ぜひこの名車両に会いに行き、その長い歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。



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