毎日何気なく利用している鉄道ですが、実は電車を動かす電気には「交流(こうりゅう)」と「直流(ちょくりゅう)」という2つの種類があることをご存知でしょうか?
「どうして2種類も必要なの?」「何が違うの?」と疑問に思う方も多いかもしれません。実はこの2つの電気の方式は、それぞれに得意なことと不得意なことがあり、鉄道の運行エリアや求められる性能に応じて使い分けられているのです。
この記事では、鉄道ファンはもちろん、普段あまり鉄道に詳しくない方にも楽しんでいただけるように、交流と直流の基本的な違いから、それぞれのメリット・デメリット、日本のどの地域で使われているのか、そして異なる電気の区間をどうやって電車が走るのかといった、知るともっと鉄道が面白くなる情報をお伝えします。電気の違いを知ることで、いつもの通勤や旅行での車窓の風景が、少し違って見えるようになるかもしれません。
鉄道の電気「交流」と「直流」の基本的な違い
電車を動かすためには、架線(かせん)と呼ばれる電線から電気を取り込む必要があります。この電気には「交流」と「直流」の2つの方式が存在し、それぞれ性質が大きく異なります。ここでは、その基本的な違いと、なぜ鉄道で2種類が使い分けられているのかについて、わかりやすくご説明します。
交流(AC)とは?
交流は、英語で “Alternating Current” と呼ばれ、電気の流れる向き(プラスとマイナス)と電圧が周期的に変化するのが特徴です。 家庭用のコンセントに来ている電気がこの交流で、掃除機や電子レンジなどの家電製品は、プラグをどちらの向きに挿しても使えるのはこのためです。
鉄道における交流の大きな利点は、トランス(変圧器)を使って簡単に電圧を高くしたり低くしたりできることです。 発電所から送られてくるときは非常に高い電圧(高圧)で送り、電車の近くの変電所で使いやすい電圧に下げてから架線に流します。高電圧で送電すると、電気のロス(送電損失)が少なくなるため、非常に効率が良いのです。 この性質のおかげで、変電所と変電所の間隔を長く取ることができ、地上設備のコストを抑えることができます。
直流(DC)とは?
直流は、英語で “Direct Current” と呼ばれ、電気が常に一定の方向に、一定の電圧で流れるのが特徴です。 乾電池やスマートフォンのバッテリーなどが身近な直流の例です。 懐中電灯に乾電池を入れるときに、プラスとマイナスの向きを正しく入れないと点灯しないのは、電気が一方向にしか流れない直流の性質によるものです。
鉄道の歴史で見ると、直流電化の方が先に普及しました。 これは、電車のモーター(直流モーター)がもともと直流で動くように作られており、構造がシンプルで扱いやすかったためです。 変電所で交流から直流に変換した電気を架線に流し、電車はそれを取り込んでそのままモーターを回すことができます。 そのため、車両側に複雑な変圧器や整流器(交流を直流に変える装置)を積む必要がなく、車両の製造コストを安くできるという利点があります。
ちなみに、現在の電車の多くはVVVFインバータという装置で直流をもう一度、周波数の違う交流に変換して、より高性能な交流モーター(誘導電動機)を回しています。技術の進歩によって、より効率的な制御が可能になっているのです。
なぜ鉄道で2種類が使われているの?
交流と直流、それぞれに長所と短所があるため、鉄道会社は路線の特徴や輸送ニーズに合わせてこれらを使い分けています。
都市部のように駅間が短く、たくさんの電車を走らせる必要がある路線では、車両コストが安い直流が有利です。 一方で、新幹線や郊外の長大路線のように、駅間が長く、高速で走るために大きな電力が必要な場合は、送電効率が良く地上設備を簡素化できる交流が適しています。
つまり、どちらか一方が優れているというわけではなく、それぞれの電気の特性を最大限に活かす形で「適材適所」の使い分けがされているのです。 日本の鉄道網がこれほどまでに発達したのは、この2つの電化方式をうまく活用してきた結果ともいえるでしょう。
交流電化と直流電化のメリット・デメリットを徹底比較

それでは、交流電化と直流電化には、具体的にどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。地上設備(変電所など)と車両(電車本体)の両方の側面から、それぞれの特徴を詳しく見ていきましょう。この違いを理解することで、なぜ地域によって電化方式が異なるのかがより明確になります。
交流電化の強みと弱み
【交流電化のメリット】
- 高電圧で送電するため電力損失が少なく、変電所の間隔を長くできる(約30km〜50km)。
- 変電所の数を減らせるため、地上設備の建設・維持コストが安い。
- 大きな電力を安定して供給できるため、高速走行や長編成の列車に適している。
【交流電化のデメリット】
- 車両側に高電圧の交流を直流に変換するための変圧器や整流器が必要で、車両の構造が複雑になり製造コストが高くなる。
- 高電圧のため、架線と車両、地上設備の間に十分な空間(絶縁距離)が必要になり、トンネルの断面積などが大きくなる。
- 電磁波が周囲の通信線に影響を与える「誘導障害」が起きやすく、対策が必要になる場合がある。
交流電化の最大の強みは、送電効率の良さにあります。電圧を高くすると同じ電力を送るのに流す電流を小さくでき、電力損失が大幅に減ります。これにより変電所の数を少なくでき、特に長距離路線では地上設備のコストを大きく削減できます。 新幹線が交流電化を採用しているのは、まさにこのメリットを活かすためです。
しかし、その裏返しとして車両側の負担が大きくなります。電車は直流モーターで動くのが基本なので、架線から取り込んだ高い電圧の交流を、車両内で変圧・整流して直流に変換する必要があります。 そのための機器は大型で重く、車両の製造コストを押し上げる要因となります。
直流電化の強みと弱み
【直流電化のメリット】
- 車両側に大型の変圧器などが不要で、車両の構造がシンプルになり製造コストが安い。
- 電圧が低いため絶縁距離が短くて済み、トンネルなどを小さく建設できる。
- 複数の変電所から並行して電力を供給できるため、一部の変電所が停止しても他の変電所でカバーしやすく、運行の安定性が高い。
【直流電化のデメリット】
- 送電中の電力損失が大きく、電圧が下がりやすい。
- 電圧を維持するため、短い間隔(数km〜10km程度)で多くの変電所を設置する必要がある。
- 地上設備(変電所の建設・維持)にコストがかかる。
直流電化の魅力は、なんといっても車両のシンプルさと製造コストの安さです。 特に、大量の車両を必要とする都市部の通勤路線では、このメリットは非常に大きいです。変電所で一括して交流から直流へ変換するため、電車側は受け取った電気をそのまま、あるいは簡単な制御でモーターに流すことができます。
一方で、直流は送電ロスが大きいため、遠くまで電気を送るのが苦手です。 電圧が下がりやすいため、短い間隔で次々と変電所を建てて電圧を補ってあげる必要があります。 そのため、路線全体で見た場合、地上設備のコストは交流電化よりも高くなる傾向にあります。
【一覧表】交流と直流の比較まとめ
これまでの内容を、一覧表にまとめてみました。それぞれの特徴が一目でわかるかと思います。
| 項目 | 交流電化 | 直流電化 |
|---|---|---|
| 電圧 | 高い(在来線: 20,000V, 新幹線: 25,000V) | 低い(主に1,500V) |
| メリット |
|
|
| デメリット |
|
|
| 主な採用例 | 新幹線、JR北海道、JR東北、JR九州など | 首都圏・中京圏・関西圏のJR、多くの私鉄・地下鉄 |
日本の鉄道はどこで交流・直流が使われている?
日本の鉄道網は、交流電化と直流電化が混在しているのが特徴です。大まかな傾向として、利用者の多い大都市圏や歴史の古い私鉄は直流、国鉄時代に計画的に電化が進められた地方幹線や新幹線は交流、と分かれています。ここでは、具体的なエリア分けとその背景について見ていきましょう。
主に関東以西で採用される「直流電化」
JRの路線では、首都圏、中京圏、関西圏といった大都市圏とその周辺、そして中国・四国地方が主に直流1,500Vで電化されています。 また、全国のほとんどの私鉄や地下鉄も直流電化を採用しています。 これは、日本の鉄道電化が、まず都市部の輸送から始まったという歴史的背景が大きいです。
明治から大正、昭和初期にかけて電化が進められた際、当時の技術で扱いやすかった直流方式が標準となりました。 車両の大量生産が必要な都市部では、構造がシンプルで製造コストの安い直流電車が適していたのです。 その後、路線網が拡大していく過程でも、既存の直流区間との直通運転の利便性から、そのまま直流で延伸されるケースが多く見られました。
北海道・東北・北陸・九州の「交流電化」
一方で、JR北海道、JR東日本の東北地方、北陸本線の一部、そしてJR九州の主要な幹線は交流20,000Vで電化されています。 これらの地域は、第二次世界大戦後、国鉄が地方の輸送改善と動力近代化(蒸気機関車からの脱却)を目的として、計画的に電化を進めたエリアです。
戦後に実用化された交流電化技術は、変電所が少なく済み、地上設備のコストを抑えられるという大きなメリットがありました。 そのため、広範囲にわたって長距離の路線を効率的に電化する必要があったこれらの地域では、交流方式が積極的に採用されたのです。これにより、コストを抑えながら地方幹線のスピードアップと輸送力増強を実現することができました。
なぜ地域で方式が違うの?
このように地域によって電化方式が異なるのは、電化が進められた時代の技術的背景と経済的な理由が大きく関係しています。鉄道の黎明期から発展してきた都市部では、実績のある直流方式が普及しました。その後、より効率的な交流技術が登場した1950年代以降に本格的な電化が行われた地方幹線では、経済性に優れた交流方式が選ばれた、という流れになります。
また、交流電化にはもう一つ、電源周波数の問題があります。ご存知の通り、日本は富士川と糸魚川あたりを境に、東日本が50Hz、西日本が60Hzと商用電源の周波数が異なります。 交流電化は基本的にこの商用電源をそのまま利用するため、必然的にエリアによって周波数の違う交流区間が生まれることになりました。 これも、全国一律で交流化するのが難しかった一因と言えるでしょう。
交流と直流の境界線「デッドセクション」の秘密

直流区間と交流区間が隣接している場合、電車はどうやって通り抜けるのでしょうか。異なる種類の電気がショートしてしまわないように、そこには特別な区間が設けられています。それが「デッドセクション」です。この不思議な区間の仕組みと、そこを走り抜けるための車両の工夫に迫ります。
デッドセクションとは?
デッドセクションとは、その名の通り「死電区間」、つまり架線に電気が流れていない区間のことです。 直流区間と交流区間の境目などに設けられ、長さは数十メートルから数百メートルほどです。この区間の架線は、FRP(繊維強化プラスチック)などの絶縁体で作られており、前後の電化区間から電気的に完全に分離されています。
もしデッドセクションがなく、直流と交流の架線を直接つないでしまうとどうなるでしょうか。電車が通過する際、パンタグラフ(集電装置)を介して2つの異なる電気が接触し、大規模なショート(短絡)を引き起こしてしまいます。 これにより架線や車両の機器が破損したり、最悪の場合は火災につながる危険性もあります。 デッドセクションは、こうした事故を防ぎ、安全に電気方式を切り替えるために不可欠な存在なのです。
電車はどうやって通過するの?
電気が流れていないデッドセクションを、電車は惰性(だせい)で走行します。 運転士はデッドセクションに進入する直前で加速をやめ(力行オフ)、モーターの電源を切ります。そして、それまでの勢いを利用して無電力区間を通り抜けるのです。
この通過中に、車内では電気方式の切り替えが行われます。運転士はデッドセクション手前にある標識を確認し、スイッチを操作して直流用から交流用へ(またはその逆へ)回路を切り替えます。この間、モーターはもちろん、車内の照明や空調も一瞬だけ停止します。常磐線や北陸本線などで、走行中に車内灯がパッと消えて、すぐにまた点灯する現象に遭遇したことがある方もいるかもしれませんが、それはまさにデッドセクションを通過している最中の出来事なのです。
交直両用電車の仕組み
デッドセクションを通過し、直流・交流の両方の区間を走ることができる車両を「交直両用電車(または交直流電車)」と呼びます。 これらの車両には、両方の電気方式に対応するための特別な機器が搭載されています。
具体的には、直流区間では1,500Vの直流をそのままモーターに流し、交流区間では20,000Vの交流をパンタグラフから取り込んだ後、車載の変圧器で電圧を下げ、さらに整流器で直流に変換してからモーターに送ります。 つまり、交流区間を走っている時も、最終的にモーターを動かしているのは直流の電気なのです。
屋根の上を見ても、交直両用電車には特徴があります。高電圧の交流に対応するため、パンタグラフ周りの碍子(がいし)と呼ばれる絶縁部品が、直流専用車に比べて大きく頑丈に作られています。 このように、交直両用電車は異なる電気の世界を行き来するための、特別な装備を備えているのです。
【豆知識】新幹線が交流を採用している理由
日本の鉄道技術の結晶ともいえる新幹線。そのすべての路線が交流電化を採用しています。 なぜ新幹線は直流ではなく、交流でなければならなかったのでしょうか。そこには、高速・大量輸送を実現するための明確な理由がありました。
パワーと速度を支える交流の力
時速200km以上という高速で走行する新幹線は、在来線とは比較にならないほど大きなパワー、つまり大量の電力を必要とします。 もしこれを直流1,500Vでまかなおうとすると、非常に大きな電流を流さなければならず、架線が太くなりすぎたり、電力損失が膨大になったりして現実的ではありません。
そこで活躍するのが交流電化です。新幹線では25,000Vという非常に高い電圧が使われています。 高電圧にすることで、小さな電流で大きな電力を送ることが可能になり、送電ロスを最小限に抑えながら、高速走行に必要なパワーを安定して供給することができるのです。 交流電化の技術なくして、今日の新幹線の成功はありえなかったと言えるでしょう。
変電所を少なくできるメリット
新幹線の路線は、東京から博多、あるいは新青森までと、非常に長距離にわたります。もしこれを直流電化で建設した場合、数kmおきに膨大な数の変電所を設置しなければならず、建設コストも維持管理費も天文学的な数字になってしまいます。
交流電化は、送電効率が良いため変電所の間隔を数十km単位で長くすることができます。 これにより、地上設備の数を大幅に減らすことができ、結果として建設・維持コストの削減に大きく貢献しています。長大な路線網を持つ新幹線にとって、これは経済的な観点からも非常に重要なメリットなのです。
周波数の違いを乗り越える工夫
前述の通り、日本の商用電源は東日本(50Hz)と西日本(60Hz)で周波数が異なります。新幹線もこの電源を利用しているため、例えば東海道・山陽新幹線は60Hz、東北・上越新幹線は50Hzの交流が使われています。
では、周波数が変わる区間をまたいで走る新幹線はどうしているのでしょうか。北陸新幹線などがその例ですが、これは車両側が50Hzと60Hzの両方の周波数に対応できるように作られています。 車両に搭載された周波数変換装置(コンバータ/インバータ)が、どちらの周波数の電気が来ても適切に処理し、モーターを駆動させることができるのです。これにより、乗客は周波数の違いを意識することなく、シームレスな移動が可能になっています。
まとめ:鉄道の交流と直流、それぞれの役割を知ってもっと鉄道を楽しもう

この記事では、鉄道を動かす電気の「交流」と「直流」について、その基本的な違いからメリット・デメリット、そして日本の鉄道でどのように使い分けられているかを解説しました。
要点をまとめると以下のようになります。
- 直流は電圧が低く一定で、車両の構造をシンプルにできるため、車両コストが安く済みます。そのため、多くの電車が走る都市部で主に採用されています。
- 交流は高電圧で効率よく電気を送れるため、変電所が少なく済み、地上設備のコストを抑えられます。新幹線や地方の長距離路線に適しています。
- 異なる電化方式の境界にはデッドセクションという無電区間があり、交直両用電車が惰性で走り抜けながら電気方式を切り替えています。
普段何気なく乗っている電車にも、実はこうした電気の特性に合わせた深い理由と工夫が隠されています。次に電車に乗るとき、窓の外に広がる架線や、通過する駅の設備に少し目を向けてみてください。「この路線は直流かな?交流かな?」と考えてみるだけで、いつもの鉄道利用がより一層興味深く、楽しいものになるはずです。



コメント